- side cain -
行かないでくれ、と最初にすがり付いたのはどちらだったのか。
気が付けば俺達はお互いを貪り合う仲になっていた。
敵同士だという意識は、抱き合う瞬間にだけその輪郭を失う。
だから、いつまででも抱き合っていたいと俺達は思っていた。
求められる喜びを知ったあの日、俺はお前の腕から逃れる術を失った。
俺を支配している筈のお前の顔は何故か悲痛に歪んでいて、俺が傍にいることでやっと意識を保っていられるんだ、とお前は笑った。
知っていたよ。あの時のお前が俺の言葉を待っていたってことを。
以前そうだったように、行かないでくれ、と俺が呟くのを待っていたんだろう?
一度目に「行かないでくれ」と俺が言ったのは、お前がお前でなくなっていくのが怖かったからだ。
ゼムスの支配に染め上げられていくお前が怖かったからだ。
でも、今は違う。
お前はもう何にも縛られずに生きていける。
お前が長い眠りから覚める時俺はこの世にいないかもしれないけれど、お前には月の民という沢山の仲間がいるだろう。
その中には、優しさを分け与えるかのように穏やかな日々を過ごせる相手がきっと存在する筈だ。
お前の幸せを願っているよ、ゴルベーザ。
俺の傍にいると、お前はきっと駄目になる。
俺しかいらない、俺しか見えない。そんな狂気に似た世界からお前は離れて生きてほしい。
この想いは俺が一人で抱えて生きていくから。
さよなら。
- side Golbeza -
自分の中にこんな感情があるだなんて、あの時まで知りもしなかった。
一つ残らずお前の全てを知りたいと思って、私はお前を抱き締める。
温かいその存在に、長い間在った何か冷たく暗いものが溶けて消えていくのを感じていた。
お前の傍にいたかった。
お前がいればそれで良かった。
しかし、それじゃあ駄目だ、と言ってお前は離れて行ってしまう。
もっと幸せな生活がある、もっともっと穏やかな生活がある、お前はそれを探せ、そう言ってお前は俯いてしまう。
私が幾ら行かないでくれと頼んでも、頑固なお前は自分の意思を貫き通しただろう。
お前がそう望むなら、私は静かに眠りにつこう。
しかし、覚えておいて欲しい。
私はお前以外愛せないよ、カイン。
お前を想って眠る私を許してくれ。
お前の香りを、感触を、温かさを、お前と過ごした日々を、それだけを想って生きる私をどうか許して欲しい。
我儘を一つだけ言うなら、もう一度だけこの腕でお前を抱き締めたかった。
さよなら。
End