どうして、こんなことになっているのか。
 頭の中を必死で探すのだけれど、何の理由も浮かんでこない。
「…………カイン」
 名を呼ぶと、彼は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「何故、こんなことを?」
 問うても、カインは何も答えない。
 私の両手首には、金属でできた枷がはめられていた。枷には鎖がついていて、その鎖の端はベッドに固定されている。全て、私が眠っている間にカインがしたことだった。
 最初は魔法で解こうとしたのだが、枷自体に何かの魔法がかけられているらしく、どうやっても解くことができなかった。
「…………お前は明日の朝、月へ帰ってしまうんだろう?」
 絞りだすようにして、カインは小さくそう言った。
「ああ」
時計の針は夜の11時を指している。壁掛け時計の音が、静かな部屋で鳴っていた。
 そう、私は明日の朝、フースーヤ達――――月の民達が待つ月へ帰るつもりでいる。カインもそれを知っている筈だ。それなのに、どうしてこんなことをするのだろう。
「カイン……?」
 既視感を覚え、青い瞳をじっと見つめた。
 切れ長の目元。金色の睫毛が、蝶の羽のように何度も瞬く。ゾットの塔にいる頃の彼は、いつもこんな眼差しを私に向けていたように思う。行き場所のない想いを抱えているかのような、何かを諦めているかのような、見る者を切なくさせる眼差しだった。
 ベッドサイドに立ったまま、カインは「すまない」と呟いた。下衣に手をかけ、ゆっくりとそれを脱いでいく。一体何を、と思うのに、泣き出しそうな青い瞳を見ていたら何も言えなくなってしまった。
 すらりと伸びた足が、蝋燭の炎に照らされている。橙色に淡く色づいたその足が、私の腰に跨った。思わずごくりと息を呑む。
「……お前、は、何を」
「ここまでしてもまだ分からないのか?」
 分からぬ筈がない。だが、理解ができなかった。
――――カインを抱いたことがないわけではない。けれど、彼が今私に抱かれようとする、その意味が分からない。
 私が彼を抱いたのは、互いに洗脳されていた、あの時だけだった。
 私は、カインの全てが欲しくて仕方なかったのだ。
 洗脳された心だけではなく体も欲しい、と従順な彼の体を思う存分貪って、彼の何もかもを支配しようとした。
 黙っている私をどう思ったのか、カインは薄く笑って私の下半身を撫でた。太腿を挑発的な仕草でなぞり、布越しにそこに触れる。
「…………お前は何もしなくていい。ここに寝ていてくれれば、それで」
 淋しげな言葉の響きに、背筋がぞくりとするのを感じた。



「……ふ、……うぅ、ぐ、んん……っ」
 舌を茎に絡ませながら、カインは苦しそうに呻いた。
 口いっぱいに頬張ってじゅぷじゅぷと音が鳴るくらいに顔を動かしているその様はあまりに淫奔で、見ているだけで彼の口の中に放ってしまいそうになる。
「……カイ、ン……ッ」
 私が達しそうになっていることに気づいたのだろう。カインは先程までよりも激しい愛撫を施し始めた。先端をきつく吸い、裏筋をぞろりと舐める。唇の端から、飲み込みきれなかった唾液が垂れて滴った。
 淫靡な光景。
 堪らず、カインの口腔に精液を放った。
「く……」
「んん、う、うぅ……ッ!」
 苦しそうにしながら、それでも彼はなかなか口を離そうとはしなかった。口の中に放出されていく精液を受け止め続ける。
 出たもの全てを口に含み、最後の一滴まで吸い出すような調子でカインはやっと唇を離した。
「……カイン、もうこんなことは……」
 私の言葉を最後まで聞かぬまま、カインは首を横に振った。
 両掌に、口に含んでいた精液を吐き出す。――――カインが何をしようとしているのか分かってしまい、思わず声を荒らげてその名を呼んだ。
「カイン!」
 カインの肩が震える。眉根を寄せ、泣き出しそうになりながら、それでも彼は行為をやめようとはしなかった。
「……う……っ」
 白濁にまみれた手を、自らの後腔に持っていく。濡れた音がカインの声と重なった。はあはあと荒い息を繰り返しながら、彼はその場所をゆっくりと拡げていく。
「ん、ひ……ッ」
 カインは何故、こんなことをするのだろう。
 彼の頬を撫で、隣に座り、話を聞いてやりたいと思うのに。それなのに、彼は私の言葉を聞こうともしない。私が何かを口にする度切なげに唇を震わせ、私から目を逸らす。
 ぎしり、ベッドが軋む。
 先端が、彼の熱い場所に触れた。私のペニスを左手で支えながら、カインは腰を落としていく。
「カイ、ン……ッ! やめろ、こんな……」
「あっ、あぁ……ッ!」
 カインの眦から、涙が一筋流れ落ちた。
 中は狭く、ぎちぎちと締めつけてくる。まだ半分だが、異物感は酷そうだった。
「もう抜け」と言う私の言葉を無視して、彼は更に腰を落とした。
「ん、く……ッ、ああぁ、あッ!」
「……カイン……」
 名を呼んだ瞬間、きゅうっと中が締まった。
 私の体に両手をつき、腰を振り始める。
「あっ、んんっ、んっ、あぁっ」
 甘い喘ぎに、理性が飛びそうになるのを感じた。
「……ゴルベーザ……ッゴル、ベーザぁ……!」
 私の名を呼ぶ、その体をきつく抱きしめたいと思った。切ない吐息を漏らす薄めの唇を口づけで塞ぎたい、とも思う。だが、拘束されている身では私から触れることすら叶わない。
「……カイン、この枷を解け……!」
「いや、だ……ッ!」
 自らのものを慰めながら、カインはゆるゆると首を横に振った。まるで、頑是無い子どもの仕草のようだ。
「…………私は逃げん。だから、この枷を解いてくれ」
 言い聞かせるために落ち着いた調子でそう言うと、カインは動くことをぴたりとやめた。
「……すま……ない…………俺は……」
 側に置いていた鍵を手に取り、
「俺は、お前に酷いことを……」
 震える手で、鍵穴に鍵を差し込んだ。かちゃりという音と共に、手が自由になる。同時に私の体の上から退こうとしたその腰を、両手でぐっと掴んだ。
「……ッ!」
「……私への……仕返しのつもりか? それとも、嫌がらせのために?」
 何故彼がこんなことをしたのか――――考えて、最初に思い浮かんだ言葉は、『仕返しと嫌がらせ』だった。
 私に犯されいいようにされた過去を恨みに思って、こんな行為に及んだのかもしれない。私はそう考えたのだ。正直、恨みに思われ仕返しされても仕方のないことをしてしまったと自分でも分かっている。それなら――――彼の心を少しでも軽くしてやれるのなら、カインの好きなようにやらせてやりたいと思っていた。
「仕返し、だなんて俺は……」
 だが、彼にそのつもりはないらしかった。濡れた目元を隠そうともせず、小さな声で返してくる。
「では何のつもりでこんなことを?」
「……最後に……」
 蚊の鳴くような声だった。理由をきちんと聞きたくて身を起こすと、カインは驚いた顔をして頬を赤らめ俯いた。背に指を滑らせると、シャツは微かに汗ばんでいた。
「……最後に、お前に抱かれたかったんだ……」
「最後、に?」
「お前は月に帰ってしまうんだろう? ……お前の行動を止めるつもりは勿論ない。だがせめて、最後にお前のぬくもりを感じたくて……」
 『最後に』?
 違和感を覚え、カインの頭を撫でた。久方ぶりに感じた金糸の感触はあの頃と何も変わらず――――胸が、きつく締めつけられる。
「……何故『最後』だと思った?」
 蝋燭の炎は、いつの間にか消えていた。
 カインを照らしているのは月の光だけで、それが更に私の心の中にある切ない場所を煽った。
 ここはバロンだ。それは分かっている。なのに何故か、この場所がゾットの塔であるように感じられた。まるで、あの頃に戻ったようだった。
「私はフースーヤや月の民達の無事を確認した後、この星に戻ってくるつもりでいる。……お前にも伝えたつもりでいたのだが」
「……聞いて、ない」
「…………最後だと思ってしまったのは私のせいか。そのことについては謝ろう。だが、もう一つ疑問がある。お前は何故、私のぬくもりを感じたいと思ったんだ? ……友人として、仲間としてのぬくもりなら、抱きしめ合ったり握手したりするだけで十分な筈だ。それなのにお前は」
 私のものは、まだ彼の中に入ったままだ。
 カインの下唇を親指でなぞると、カインは微かに腰を揺らした。
「それ、は……っんんッ!」
 カインの体をベッドに横たえて、足を大きく開かせる。羞恥に染まったその表情が堪らなく愛おしかった。
「もう一度帰ってきたら、その時、お前に自分の気持ちを打ち明けるつもりでいた。だが、先を越されてしまったな。……まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」
 そう、私は全てが終わった後、彼に自分の気持ちを伝えるつもりでいた。勿論それは玉砕覚悟の上で、彼に気持ちを受け止めてもらおうだとか、そんな気はさらさらなかったのに。
「カイン、私は……お前を、愛おしいと思っている」
 何と表現すればいいのか、一瞬分からなくなった。ずっと傍にいたいだとか、離したくないだとか、好きだとか、様々な言葉が頭の中を駆け抜けて、最後に残ったのが『愛おしい』だった。
 羞恥で真っ赤になった耳も、何も言えずに震えている唇も、少し低めの体温も――――何より、不器用に先走って傷ついてばかりいる、その心が途方もないほど愛おしかった。
「…………ゴルベーザ……」
 嘘だ、と。カインは首を横に振った。
「うそ、だ……だってお前は、俺のことなんか……俺だけが、俺ばかりがお前のことを好きで、忘れられなくて」
 傷を舐め合っただけの関係なのだと、私もそう思っていた。それなのに。
 私達は、同じ想いを抱えて互いに見つめ合っていたということなのか。
「カイン……」
 我慢できず、誘われるようにして唇を重ねた。舌で口腔を探ると、おずおずと舌をさし出してくる。心が通じあったように思えて、口づけながら腰をぐっと押し付けた。
「……ッあ……! んぅ、うっ、う……ふ、あぁ……ッ」
 唇を離し、布越しでも分かるほど勃ち上がっている乳首を摘んだ。親指で潰すように愛撫すると、搾り取ろうとする動きで中がきつく締まる。
 彼が一番感じるであろう場所を、思い切り突いた。
「ひ……ッ!」
「……気持ちいいのか?」
 彼の顔が快感に染まるのを確認してから、そこを何度も抉るように擦った。
「ゴル、ベーザ、ぁ……ッ、そこ、駄目、い、いく……っぅああっ、あっ」
 私の首に手を絡め、カインは一際大きく体を揺らした。精液が、彼の腹の上に散る。
「カイン……」
 もっと彼の傍にいたい、と思う。
 そんな気持ちを込めて抱きしめると、カインは「必ず帰ってきて欲しい」と涙声で呟いた。


End


Story

ゴルカイ