確証など、ありはしないのだ。
 あの男は、俺に何も話そうとはしないのだから。
 ゴルベーザの、静かな月のように澄んだ瞳の奥には、誰にも明かされることのない暗い何かが潜んでいるように思われた。
 俺にとって、ゴルベーザは上司などではなかった。
 勿論、友人でなければ恋人でもない。
 では何なのかと問われても、その正体は分からなかった。



「……ここにいたのか」
 ゾットで風が一番強い場所――塔の屋上――で空を眺めていた俺に、男は声をかけてきた。
 俺が話しかけても素っ気ないふりをするくせに、俺がいなくなると、追いかけてくる。
 黒い兜の下に隠された顔は、どんな表情をしているんだろう。
 もしかしたら、すがりつくような瞳をしているのかもしれない。
 そんな筈はない。
 唇だけで笑い、俺は後ろをちらと見た。
「ゴルベーザ様」
 たった今気づいた、という風を装って振り向く。
「……何か、ご用ですか?」
 雲間から覗く月の明かりで、鎧が暗い青に見える。
 唐突に、セシルのことを思い出した。確か、暗黒の鎧も、あんな色をしていた。角度によって、微かに色が変わるのだ。
 セシルは、元気だろうか。
 思いながら、ゴルベーザに近づいた。
「……後で私の部屋に来い、と言ってあった筈だが?」
「確かに、おっしゃっていましたね。……けれど、俺は騎士として貴方の傍にいるのであって、夜を共にするためにここにいるわけではないのです」
 小さく息を吸って、
「処理したいだけなら、他をあたってください。俺は、貴方の道具じゃない」


***


 深く、強く洗脳をかけることは躊躇われた。
 洗脳は人の心を殺し、その者の瞳を硝子玉に変えてしまう。
 私は、あの硝子玉の瞳があまり好きではない。だから私は、カインに弱い洗脳しかかけていなかった。
 人という生き物を間近で見ることが少ない私にとって、カインは新鮮だった。
 本人はポーカーフェイスを装っている風だったが、微かに変わる彼の表情はモンスターや操り人形達には無いもので、いつまで見ていても飽きることはなかった。

『……セシ、ル……?』

 目を覚ました瞬間に彼が口にした、彼の親友の名前。声の中には安堵と慈しみと優しさがあって、私は、その響きに背を震わせずにはいられなかった。
 安堵と慈しみと優しさ。
 それらが、私に向けられることはない。
 幻のように消えたあの優しい表情を求めるのだけれど、彼はただ、痛みを伴う歪んだ瞳をこちらに向けるだけだった。



 カイナッツォが、“人が堕ちていくのを見るのが好きだ。泣き叫ぶ姿を見るのも、いい。モンスターってのは、そういう生き物なんだよなあ”と言っていたのを思い出した。
 あの言葉が本当なのだとしたら、私はまだ人間であるらしい。
 歯を食い縛る彼を見ていると、何だか胸が重くなってくる。
 きつい眼差しから目を逸らしながら、猿轡を彼の口に挟み、頭の後ろで縛った。
 彼の手を一纏めにして壁に磔にする手枷、しなやかな脚を大きく開かせる足枷、罵詈雑言を吐く口を封じる猿轡。
 我ながら悪趣味だな、と自らを嘲笑った。
 脚が、私を蹴り飛ばそうと激しく動く。その度、けたたましい音をたてて鎖が鳴る。彼の脚力で蹴られたとしたら、おそらく、打撲程度では済まないだろう。
 両脚を、押さえつける。
 既に何も身に付けていない――実際は破れた下着を身につけていたが、既に意味をなしていなかった――太股の、その白い内腿に、そうっと指を這わせた。
 ぴく、と震えた後、彼は小さく呻く。猿轡に滲んだ唾液に唇を光らせながら、ゆるゆると首を横に振った。
 内腿にある内出血の痕を辿り、数日前と同じように、そこに噛みつく。やわらかい肉をしゃぶりながら、中指を秘部に突き立てた。
「ひ……っ、う……!」
 狭い場所は指を拒まず、やわらかく締めつけてくる。昨日抱いたばかりの体は、私の指の形を覚えていた。
 抜き差しを繰り返すと、猿轡から唾液が滴る。
 恥態に果てしなく煽られて、今度は乳首に歯をたてた。
「んん、う……うぅ……っ!」
 舌の先で転がしていると、徐々に硬くなり始める。
 見上げると悔しげな瞳とかち合い、私はわざとらしく微笑んでみせた。それを見て、カインは目を見開く。
 指を二本に増やし、浅い場所を引っ掻くように愛撫する。ここに、カインの『良い場所』があった。ねだる仕草で腰が揺れる。
 とろとろと蜜を垂らすペニスの先には薄紫色をしたピアスがあって、ぴんと弾くと、カインはより一層高い悲鳴をあげ、体を仰け反らせた。
 私の瞳と同じ色をしたピアスは、一体何の証なのか。
 自分がつけさせたものなのに、その存在は曖昧だった。
「……欲しいか?」
 ひくつく穴を犯しながら、問うた。睨みつけてくる目には、涙が滲んでいる。
 カインには、自分で射精することができない術をかけてあった。このまま戒めを解かれても、彼は蕩けてしまった体を持て余すことになる。
 悔しさからものであろう涙が、溢れて零れた。カインは、首を横に振る。
「愚かな」
 鎖を引いて、脚を更に大きく開き、全く自由にならないように調整する。
 指を引き抜き、その代わりに、棒状にした魔力の塊を捻じ込んだ。
「んん、うっ!!」
 紫色の光が、小さく爆ぜる。躊躇わずに、押し入れた。赤い媚肉が光の向こうに見える。
 私が立ち上がると、カインの顔が青ざめた。
「……存分に、後悔すると良い」
 踵を返す。
 背後で、小さな喘ぎ声が聞こえた。


***


 部屋に戻ると、ほんの数時間放っておいただけなのに、先走りは垂れ、床に染みを作っていた。
 虚ろな瞳がこちらを見、目蓋を瞬かせる。流れた唾液は首や胸元を汚していて、時たま漏れ出る声は酷く掠れていた。
 指先を布に引っ掛け、猿轡を下ろす。首輪のようになったそれをそのままに、青い瞳を覗き込んだ。
「…………抜いて、く……れ……」
 私は返事をせず、ただ首を横に振った。
「おかしく、なる……っ」
 歯をかちかちと鳴らしながら、こちらを見上げる。
 鎖を断ち切ると、カインはその場に崩れ落ちた。両手を封じられたままの体勢で、四つん這いになり、こちらを向く。
「何をすれば良いか、分かっているだろう?」
 私が言うと、彼は無言で私の下腹部に唇を寄せた。必死で下衣を下ろし、ペニスに舌を伸ばしてくる。
 しばらく躊躇した後、目を閉じて先端部分を口に含んだ。
「ん、んっ……う、うぅ……っ」
 生温かい感触に、頭の芯がじりじりと痺れる。喉まで一気に押し込むと、小さな嗚咽を漏らし、ペニスを吐き出そうとした。
 頭を押さえつけ、それを阻止する。
 涙で光る瞳がやけに美しく見えて、息を呑んだ。
「自分で入れてみろ」
 欲望に塗れた自分の声が、やけに醜く響いた。



「ひっ、いぃ、あ…………!」
 全てを飲み込んだ瞬間、カインは口をぱくつかせながら、手のひらで顔を覆った。
 やわらかく締めつけてくる内壁は、熟れた感触で蕩け、震える。「体は喜んでいるようだな」と嗤うと、青い瞳が私を睨みつけた。
「……お前なんか……嫌い、だ……っ」
 子どものような言葉遣いだった。舌っ足らずなのは、悲鳴をあげすぎたせいなのか。腰を揺すって弱い場所を擦り上げると、ぶるぶると震えながら彼は達した。 薄紫のピアスに、白濁が散る。
 再度手のひらで顔を覆い、カインは泣いた。
「…………嫌いだ……」
 胸が酷く痛む。
 手に入れたいと望んでいた彼は、こんな姿をしていただろうか。
 指の隙間から、殺意の篭った青い瞳が覗いている。

 ――――安堵、慈しみ、優しさ。

 どれ一つ、私の手に入る日は来ない。


 End



戻る