きいん、という金属音が響いた。
カインの槍が、空を切る。エッジの刀が、風を生む。
間合いをとり、睨み、新たな攻撃を仕掛け合う。
空は真っ暗だ。星も月も、見えない。
息を弾ませながら、エッジは地面を蹴って身を翻し、槍の切っ先を避けた。その流れで刀身をカインの背中に叩き込もうとするのだが、カインは獣のようにしなやかな動きで、エッジの傍をすり抜けてしまった。
エッジは舌打ちをし、今度こそは、と懐から取り出した手裏剣を、槍を握り締めている手の甲に投げる。カインは槍を振り回し、素早く手裏剣を跳ね返した。エッジは苦虫を噛み潰したような顔のまま屈み、飛んできた手裏剣から逃れる。
「さっさと前言撤回しろ!」
叫び、エッジが刀を振り上げた。
「これは俺の問題だ!馬鹿王子には関係ない!」
そう返事しながら、カインが高く跳躍する。そうしてエッジの体に槍を突き刺そうとした瞬間、
「……分身!」
エッジは分身を唱えた。
槍は分身を攻撃し、地面へと突き刺さる。エッジは無防備になったその背中に、刀ではなく、渾身の蹴りをお見舞いした。
カインの体が地面に沈む。呻き、鼻を押さえながら立ち上がったカインの指の隙間から、赤い血が流れ出した。
「……おい、鼻血」
口の中に血が溜まってしまったのだろう。カインは顔を顰め、唇の端からも一筋の血を垂らした。
「血、吐けよ。気持ち悪いだろ?」
カインは口元に手をやり、首を横に振る。人前でものを吐きたくないのだろう。変なところで潔癖なんだな、とエッジは笑った。
「どうする?やめるか?」
カインは白いシャツを脱ぎ、それを鼻と口に当てて静止した。じわり、と赤黒い血がシャツに滲む。そうして目を細めながら、汚れたシャツを床に放った。
「ひっでえ顔になってるぞ。男前が台無しだな」
カインは、ふん、と鼻で嗤い、
「馬鹿なことを言っていないで、続けるぞ」
槍を構える。
まだまだやる気のカインの表情を見て、エッジは小さな溜め息をついた。
「どうしても、前言撤回する気はないってわけか」
「ない」
「何でだよ」
「さっきも言ったように、これは俺の問題だからだ。俺がどこで何をしようと、お前には関係ない」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、エッジは刀を床に置き始めた。手裏剣も置く。戸惑っているカインを無視して、胸当ても外した。
「……刺せよ」
「な、」
槍を無理矢理掴み、
「ほら、刺せ」
切っ先を胸元に当ててみせる。
ぷつりと血が浮き出たところで、カインは槍を落としてしまった。夜の町に、金属音が小さく響く。風が吹き、カインの髪とエッジのマントを揺らした。
静寂を破って、エッジが口を開く。
「……どんな気分だ」
カインの手首を掴む。
「俺が怪我をするのは、嫌なんだろ」
カインは手を抜いて戦っていた。そのことに、エッジは最初から気がついていた。
逃げをうち、カインはエッジの手を振り払おうとする。しかし、うまくいかない。
「おめぇは、俺に言ったな。『俺がどこで怪我をしようが、その末に死のうが、お前には関係ない。これは俺の問題だ』って」
「……ああ……」
「俺がどこかで怪我をして野垂れ死んだとしても、おめぇは平気な顔をしていられるってのか。関係ないって言って、笑っていられんのか」
「それは……っ」
首を横に振ったカインの金糸が、乱れて額に張り付く。それを整えてやりながら、エッジは緩く唇の端を上げた。
「俺の気持ちが判ったか?……試練の山に行くのは構わない。篭るのも、構わない。――が、ひと月に一度は、エブラーナに顔を出してくれ。俺も、おめぇが野垂れ死にしていないかどうか確かめに、そっちへ遊びに行くからさ」
雨の雫が、黒い空から落ちてくる。
激しく降り出したその雨が、カインの血を洗い流していった。
End