人間ではない筈なのに、彼は人間のようだった。
「ルビカンテ」
 僕はよく、意味もなく彼の名を呼んだ。その度に、ルビカンテは、ちょっと困った顔を僕に見せた。
 僕はもう十五歳で、十歳の子どもではなかったから、ルビカンテの表情の意味は十分過ぎるほど理解していた。
 僕は何故か、モンスターによく好かれた。それは可愛らしくて美しい愛なんかではなく、単なる欲望の捌け口としての『愛』だった。
 下等なモンスターに襲われそうになったこともある。
 モンスターの目に僕はとても魅力的に映るのだと、その時初めて知った。
 ルビカンテも勿論その欲望を自覚していて、けれど、理性でその感覚を捩じ伏せているらしかった。



「ルビカンテ」
 僕は、ルビカンテを試していた。
 上目遣いで見上げる度に、ルビカンテの視線と表情は揺れ動く。
「……ゴルベーザ様。意味もなく名を呼ぶのはお止めください」
 彼が唾液を飲み込んだのを、僕は見逃さなかった。
 何故ルビカンテを試しているのかは自分でもよく分からなかったが、ただ一つ分かっていることは、ルビカンテの本心を暴きたいという思いだけだった。
 思いきって、僕は自分の服のボタンを外し始めた。
 ルビカンテの目をじっと見つめながら、少しずつ裸になっていく。
「……ゴルベーザ、様」
 ルビカンテの声は、掠れていた。
「ルビカンテ。……僕を、抱きたい?」
 下衣と下着を下げてつま先から抜き去りながら、問いかける。
 ルビカンテは、僕の方を見ずに、ひたすら目を逸らし、窓の外を呆然と見遣っていた。
「動揺している私を見て、楽しんでおられるのですか?」
「そうかもしれない」
 僕は笑った。
 美しい月を見るルビカンテの瞳は月と同じ色をしていて、その中には、暗いものが混じっていた。
「……出会った頃の貴方は、そんな風ではありませんでした。少なくとも、私をベッドへ誘うような人ではなかったはずだ」
「そんなのは、もう何年も前の話だよ。人は変わる生き物だ」
「そうですね。……良くも悪くも、人は変わってしまう」
「良くも悪くも、ね」
 僕は、ルビカンテはどうやったら僕を抱こうとするだろう、と考える。
 どうしても、この堅くて真っ直ぐで馬鹿真面目な男が欲望に負けるさまを見てみたかった。
「これでも、抱く気にならない?」
 手のひらから紫色の光を出し、それを氷柱のように尖らせる。喉に、突きつけた。
「……お止め、下さい」
 声が震えていた。
「お止め下さい、ゴルベーザ様……!」
 歩み寄ってきて、僕の手をとろうとする。伸ばされた手を避けて、ぐっと手のひらに魔力を篭めた。
 死んでしまっても構わないと思った。どうせ、僕には何もありはしないのだ。
 記憶も、家族も――――何もない。
 目の前の男を見た。ぞくり、と背に切ない痺れが走る。何もない、と言うならば、自分にとってルビカンテはどういう存在なのだろう、と思った。
 悲しい顔をして、僕の顔を見ている。もう一度、手を伸ばしてきた。僕の背が、壁につく。
 死んだって構わないと思っていたのに、今度は避けることができなかった。
 優しい温もりと共に、
「……これでは、いけませんか?こうして触れるだけでは、足りないのですか」
 優しい声が降ってきた。
「…………僕は……」
 集中力が切れた僕の手から、魔法が霧となって消え去った。
「私が貴方を抱かないのには、理由があります。一つ目の理由は、本能に負ける自分が許せない、ということ。そしてもう一つは――」
 強く強く、抱きしめられる。頬に在った温もりが、背中にまで広がった。
「本当は、貴方は私に抱かれたいわけではないのだ、と知っているからです」
「……ルビカンテ……ッ」
 ルビカンテの胸元に縋りつく。
 視界がぼやける。ぎゅっと目を瞑った。
「ごめん……ルビカンテ…………」
 僕を抱き上げて、ルビカンテは「いいんですよ」と耳元で笑う。
 ただこのぬくもりを失いたくないと、それだけを思った。




 End


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