初めて出会った時には、まだどこか幼さを残す青年だった。
 次に会った時は、自分とそう変わらぬ年齢になっていた。
 だから、こんな時が来ることは知っていた。
 理屈では、分かっているはずだった。



 目蓋を上げると、クリスタルルームと同種の煌めきが、視界に飛び込んできた。
 目の前に手を翳し、乖離してしまいそうになっている自らの体をじっと見つめた。
 記憶を辿る。
 私は何をしていたのだろう。
「…………あ……」
 掠れた声。
 拳を握りしめる。手も声も、自分のものではないような気がした。
 息を大きく吸い込む。澄んだ空気が肺に送り込まれ、思考が透明になっていく。
 そうだ、私は彼の夢を。
 ――――彼の夢を、見ていたのだ。
 まだ、あの温もりが手に残っているような気がする。
 骨ばった、白い手。きれいな爪。吸い込まれそうな色をした、空色の瞳が笑っていた。
 彼はいつも、寂しそうに笑った。それは、夢の中でも同じだ。堪らない気分になって、私は彼を抱きしめた。抱きしめたら、更に寂しげな表情をすることは分かっていたのだけれど。
 カインが求めていたのは、絶え間ない愛情だった。
 “自分だけを愛して欲しい”。彼がそう言ったのはいつだったか。
 起き上がり、右手の方にある幾つかのパネルを見る。
 少し、埃っぽくなっていた。撫でれば、指の跡が残る。
 小さく息を吐き、一つのパネルに映っている数字を、現実感の欠片もないままに眺めた。
 周りにいる月の民達は、まだ眠っている。
 何故、私だけが目覚めてしまったのだろう。

『また、お前は行ってしまうんだろう?』

 突然、彼の声が頭の中に響き渡った。
 記憶の中の彼は、パラディンに似た姿で立ち尽くし、俯いている。
 焚き火がぱちりと爆ぜ、一瞬、彼の頬が濃い橙色に染まった。
 顔を上げ、諦めを青い瞳に浮かべてから、

『でも……きっと、それでいいんだ。俺達は、一緒にいたら自分の足で立っていられなくなってしまうからな』

 頭を、私の肩に預けてくる。ただただ、彼を愛おしく思った。
 カインが、小さく呟く。

『…………ずっと、会いたかった……』

 胸が詰まって、返事をすることが、できなかった。

 手元のパネルを何度も撫でる。埃が姿を消し、映っている数字がはっきりとしたものになっていく。
 黒の背景に青く浮かぶ、小さな数字。
「……あれから……そうか、そんなに経って――――」
 言葉を失う。
 悲しみが、大きな塊となって襲い掛かってくる。
 そうか、カインは、もう。
「カイン……」
 彼と最後に会ってから、百年以上が経過している。数字が、それを教えていた。
 目覚めた理由が分からずにいたが、ほんの少しだけ分かったように思う。
 遠く離れたこの星に、カインは長い時間をかけて来てくれたのかもしれない。
 見上げると、虹色に輝く天井がある。
 目を細めれば光が淡く滲み、その金色の光の中に、彼の姿が見えるような気がした。
 あのとき言えなかった言葉を、記憶の中の声に重なるように口にする。
「……………ずっと、会いたかった」


 End



戻る