宝石、という言葉で片付けてしまえば、それはあっという間に安っぽい印象になってしまった。
 吸い込まれそうだ、なんて言葉が頭に閃いたが、それもあまりに俗っぽい。
 考えれば考えるほど、使い古された言葉達が、頭の中で渦を成す。

 空のような、深海のような―――綺麗な青。
 散々迷った挙げ句「お前の瞳が好きだ」と囁けば、彼は驚いた顔で小さく頷き、微笑んだ。
「…嬉しいです」
 それはとても無垢な表情だった。疑うことを知らない瞳に、心臓が喧しく跳ねるのを抑えることが出来ない。
「抱いて下さいませんか?」
 扇情的な言葉を吐きながら、しかし、その唇に色香は無い。白いシャツに包まれた薄い胸が、ゆっくりと上下していた。
 玉座に座る私の前に跪きながら、彼は不思議なものを見る目で、こちらを見ていた。
「…ゴルベーザ様?」


『何もかも忘れてしまいたい』






 彼はいつも物騒な睦言を口にしていた。

『殺してくれ。俺を消してくれ。なかったことにしてくれ。こんな薄汚い俺は、この世に必要ない』
『親友に嫉妬して、手に入れられるはずもない彼女の愛を欲しがって、酷く浅ましくて、空しくて』
『なあ、何もかも忘れてしまいたいんだ』

 手のひらに吸い付く彼の肌は、汗ばみ、緩く冷えていた。シーツは、私の心のように乱れてぐしゃぐしゃになっていた。
 いつからこの男を抱いているのか、今が朝なのか夜なのか、それすらはっきりしなかった。明らかに、私達の関係はおかしいものだった。まるでお互いを穢しあっているようだと思った。
 一際大きな声で彼が達しても、私は彼の体から離れられずに揺さぶり、貫き続けた。彼の体は人形のようにゆらゆらと揺れていた。

 いっそのこと、人形であればよかった。

 彼は人形ではないから、強い意志を持って私に抱かれていた。私を利用して、全てから逃れようとしていた。そう、私は利用されていた。私の胸の中では、業火が燃え盛っていた。
 気付けば、術で、彼の脳を絞めていた。
 彼の望みを叶えてやろうと思ったのだ。
 瞬間、彼は笑っていた。空に似た青が閃いていた。私はただただ呆然と、微笑む彼を見つめていた。






「……ゴルベーザ様、どうされました?抱いて、下さらないのですか?」
 現実に引き戻される。
 目の前を見やれば、現実の彼もまた、微笑んでいた。来なさい、と私は呟く。
 彼は立ち上がり、私の膝に腰を下ろす。甲冑越しでは冷たかろうに、彼は嬉しそうに、胸に頭を預けてきた。
 何もかも忘れてしまった彼は、抱き締められるのを好み、私にそれをねだる。

 今更だけれど、私は彼の本当の願いを知ってしまった。
 背に手を回せば、彼が小さく笑う。
 愛おしくて悲しくて、私はいつまでも彼の背を抱いていた。




End






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カイン受30題