「う、う…っ」
白濁した液体が、だらりと口から垂れて排水溝へと吸い込まれていく。
涙で視界が滲み、あまりの苦しさにうめき声が漏れた。
何も口にしていない胃から出てくるのは白く濁った体液だけで、ここ二日で口にしたのは水とこれだけだったということを思い出す。
こんなものでも、自分の血肉になるのだろうか。
そう考えた途端、体の部位全てが彼に支配されている感覚に陥って、カインは笑った。
彼はこの体の細胞の一つ一つまで犯そうとしているのか。
何の為に?
浴室の床へへたりこんだ体に温いシャワーが注がれ、まるで夏の日の雨のようだ、とカインは頭の端で思う。
上を向いて唇を開き、口をゆすいだ。
「…カイン」
扉の向こうからゴルベーザの声が聞こえてきて、カインはちっと舌打ちした。
「一人にしておいてくれ」
「どうして」
「お前の顔を見たくない」
欲望を放たれたのは口だけではなかった。下も、処理しなければならない。
ためらうことなく、カインは自ら後腔に指を押しあてた。
「…う…」
滑ったそこを拡げ、中にある体液を掻き出す。太ももを伝う感覚が情事を思い出させて、あぁ、とカインは声を漏らした。
最初に抱かれた理由は、何だったろう。
あの時初めて、自分達はまともに言葉を交わした気がする。
男を抱く趣味があるのかと問えば、そうではないと返ってきた。
それなら相当溜まっているんだなと問えば、それも違うと返ってきた。
洗脳の術は既に解かれている。でも、自分は逃げようとしない。
セシルの元へ戻るという望みはいつの間にか霞んだものになってしまっていた。
後処理の為に動かしていた筈の指が、別の目的を持って動き始める。
指を増やし、中を擦り、良い場所を探す。
ゴルベーザに抱かれるだけの自堕落な日々が、自分の体をおかしなものに変えてしまった。
「ん…はぁ……あ…」
シャワーが、淫猥に濡れた音を掻き消す。静かに扉を開く気配を感じたが、行為を止めることはできなかった。
突然指を引き抜かれ、後ろから腰を鷲掴まれる。
衝撃が中を貫き、カインは声を出すことさえできずに静止した。
逃れたくてバスタブにしがみつくが、抜き挿しを繰り返されて徐々に力が入らなくなっていく。今まさに崩れてしまいそうになった体を、ゴルベーザはバスタブに押し付けて貫き続けた。
「変にな…る…っ……」
こんなことを続けていたら、頭がおかしくなる。
本当は分かっているのだ、快楽で誤魔化す日々は、長続きするものではないということを。
そう、代用の温もりなどでは到底埋めることなどできない。
ローザ、お前を愛しているんだ。
叶わない想いだと知っているけれど、想いを消すことはできなくて。
「カイン…ッ、私は」
ゴルベーザの囁きが耳元で響く。
水音に混じって響いたその言葉から、カインは意識を遠ざける。
(俺が欲しいのはお前じゃない)
残酷なことをしているという自覚はある。
ゴルベーザが喘ぐように呟いた。
「私はお前を」
続きを言わせないように腰を使い、甘く喘ぐ。
気持ちが良い。靄がかかるように頭が白くなっていく。
ただこの瞬間の為だけに、愉楽を貪る。
何も考えていたくないんだ。
「あ…ぁ…」
白濁を吐き出し、カインは膝を震わせた。ゴルベーザもまた、カインの中に欲望の証を注ぎ込む。
これは体だけの関係だ、ここには感情なんてありはしない。
愛なんてものが存在しなければ、傷付かないですむだろう?
優しい手つきでゴルベーザがカインを抱き締める。まるで、硝子細工を扱うかのように。
「カイン、私では駄目なのか」
お前じゃ、駄目なんだ。
湯が音をたてて降り注ぎ、排水構へ流れていく。
彼女への想いも、こうして簡単に流してしまえればいいのに。
(お前を愛することができれば幸せになれるんだろうか)
頬を伝うのは、湯なのか、涙なのか、それすらはっきりとは分からなかった。
「ゴルベーザ…俺を洗脳してくれ…もう一度、俺に術をかけてくれ」
お前に従順な人形に変えて欲しい。
もう何も考えなくていいように。
背後で啜り泣く気配がする。
目の前が真っ赤に染まり、全身の力が抜けていく。
泣くんじゃない、ゴルベーザ。
(ほら、これで俺はお前のものだ)
違うんだ、そうじゃないんだと言うゴルベーザの言葉に、耳を塞ぐ。
自分達が欲しかったのは、こんなものじゃないのに。
意識が暗い所へと沈んでいく、消えていく。
最後に聞こえたのは、ゴルベーザの悲痛な叫びだった。
End