「……え、え……っ!?」
 髪に違和感を覚え、素っ裸のままパロムはぴたりと立ち止まった。
 水浴びをしようと泉の傍にある木陰で服を脱いで髪留めを解いた――――そこまではよかったのに。
 長い髪の先に視線を遣れば、毛先が木の枝に絡まってしまっているのが見えた。
「あーあ……」
 がちがちに絡まった髪は、簡単に解けそうにない。髪を千切ってしまおうか、とも考えたのだけれど、先日切り揃えたばかりなのにこの場所だけ短くなってしまうのか、と思ったらそれも嫌だった。
「ついてねえなあ」
 それにしても随分伸びたものだ。
 絡まった毛先を一生懸命弄りながら、パロムは自らの毛の長さを見た。
(伸ばそうと思ったきっかけは……)
 ポロムと競い始めたのがきっかけだった。パロムがイーッと歯を見せれば、ポロムはベーッと舌を見せる。二人で意地になって伸ばした。伸ばして伸ばして伸ばしまくった。妙に大人ぶるようになった姉が「もういい」と笑っても、パロムは髪を伸ばすことを止めようとしなかった。意地なのか何なのかよく分からない感情に囚われたまま、パロムは髪を切れずにいた。
 気づけば、パロムの髪は姉のそれよりもずっと長くなっている。
 解くと、その長さは尻より下だ。
(もう切っちまった方がいいんだろうなあ。……子どもじゃあるまいし)
 どれだけ弄っても、絡まった髪は解けない。深い溜め息をついて、髪の束を握り締めた。
「――――おい、どうした?」
 背後で声がした。振り向いた先に立っていたのは、エッジだった。
 周囲に魔物の気配はないが、この場所は特殊だから何が起こるか分からない。水浴び中は無防備になるから、最低一人は見張りをつけることになっていた。
「妙に遅いと思って来てみたら、何やってるんだ、おめえ……」
 口元の布をぐいと下げて、エッジがパロムの方へ近づく。
「……何でもない。あっち行っててくれよ」
「何でもないって格好じゃねえだろそれ。それとも何だ? ミシディアでは裸踊りが流行ってんのか?」
「そんなわけねえだろ! ひ……引っかかったん、だよ……」
「……ああ、なるほど」
 裸で、格好悪い姿を晒している。それがひどく恥ずかしくて、パロムはふいと顔を背けた。
「本当だ。思いっきり引っかかっちまってるな。ぐちゃぐちゃだ」
 顔を背けたパロムを気にも留めぬ様子で、エッジは長い髪を掴んだ。


***



 間近で見る魔道士の裸体はえらく貧弱で、よくこんな体つきで魔物と戦えるなあとエッジは首を傾げた。
 成長途中だからなのだろうか。どこか不安定で、どこか不安になる。
 掴んだ髪は長く、やわらかかった。
「水浴びなんてさっさと終わらせて、さっさと寝ようぜ。明日も早いんだから」
 エッジが刀を鞘から抜くと、パロムは、ひゃっ、だとか、ぐっ、だとかよく分からない声をあげて、びくんと肩を揺らす。「おめえの首を切るわけじゃない」と笑いながら刀を髪に押し当てると、微かな音をたてて髪が切れて落ちた。
「……あ」
 パロムの青い瞳がゆらゆら彷徨っているのを見て、エッジはごくりと唾を飲み込んだ。
(……もしかして)
「――――おめえ、もしかして伸ばしてたのか?」
 パロムは男。その上髪を気にするようなタイプとは思わなかったものだから、何も言わずに思いきり切ってしまった。
「ち、ちが……」
 さっきまでの髪と同じくらい、パロムの舌はこんがらがってしまっている。
 違う、と言いながら俯いてしまったパロムの顔を、エッジは無理矢理覗き見た。「あー……」と声を出し、言葉を探す。
「……すまねえ、勝手に切って悪かった。切るかどうか、最初に訊けば良かったんだよな……」
 エッジの言葉を聞いて、パロムは小さく首を横に振る。
「いいんだ。何か……すっきりしたよ。自分じゃ出来なかったと思う」
 パロムのどこか吹っ切れたような大人びた顔を、エッジは不思議に思う。
 これぐらいの年齢のガキはよく分かんねえなあと苦笑しながら、パロムの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。




End


Story

その他