「……殺して、くれ……っ」
シーツという名の水の底、唾液の垂れた白い布を鷲掴み、背を仰け反らせて月を見上げた。
窓の外にあるのは、静かで冷たい月だった。
俺が生きることに疲れているのを知っているくせに。なのに、彼は俺を殺してはくれない。
ただ、「もうどこへも行くな」と口にするのだ。
唐突に、頭を押さえ込まれた。月を見るなという仕草だった。中を抉る凶器が、深い場所に突き入れられる。目眩を覚え、呻き声をあげた。
「おねが、いだ、殺し……」
俺のためを思うなら、殺して欲しかった。生きていることが辛かった。
セシルとローザのところへは、戻れない。俺はもう、どこにも行けない。
どうして俺は、この男のところへ戻ってきてしまったんだろう。
「ひっ、あぁ……あ……っ!」
優しい指先が乳首を摘み、それだけで、体は更に熱くなってしまう。
こんなにも辛いのに、彼に抱かれていることが嬉しい。それは多分、『俺は一人ではない』と実感できるからだろう。
感情を抑えていられなくなる。
ぼろぼろと涙が溢れた。横目で見たゴルベーザの姿は、以前とはまるで違っていた。
出会った頃の彼は、自信に満ち溢れていた。恐れるものなど何もない――というよりも、失うものは何もない、といった風に見えていた。
だが、今はどうだ。
「……ゴルベーザ……何故、泣いているんだ……?」
俺に「持って来い」と命じたくせに、闇のクリスタルは床に放り出されたままになっている。
お前が一番欲しかったのは、あのクリスタルではなかったのか。どうして、クリスタルを放っておいて俺を抱く?何故、泣く?
お前の願いはあと少しで叶うんだ。泣く必要なんてないじゃないか。
「うるさい、黙れ……!!」
「ああぁ……っ!」
髪を鷲掴みにされ、体を揺すぶられ、悲鳴を押し殺すこともできずにただ、喘いだ。
クリスタルが集まってしまったということは、この星が終わりを迎えようとしているということなのだ、とぼんやりと考えた。
俺自身が死ぬのは構わない。だが、他の人間が死ぬのは嫌だった。
「……俺、は……っ、セシル達を、殺したく、ない……っ」
頬を張られ、口腔に血の味が広がる。だが、黙る気はなかった。
「……殺すなら、俺を……っ……殺せ……!」
薄紫の瞳を睨みつけ、
「殺せ!!」
力いっぱい叫んだ。
本来は、青き星と俺の命が同等であるはずはない。だが、ゴルベーザにとって青き星と俺は同等の価値があるもののはずだ、と俺は思っていた。
どうしようもないくらい、醜い執着心。嫉妬に塗れた醜い心。俺の中に存在するその感情は、ゴルベーザの中にも存在している。
俺がセシルとローザに対して抱いている執着心――――それは、ゴルベーザが俺に対して抱いている執着心と瓜二つに思えた。
「…………っ!」
腹の中に、熱いものが注ぎ込まれる。その感触に堪らなく感じた俺もまた、欲望を解放した。
ゆっくりと引き抜かれ、きつく瞼を閉じる。啜り泣く声が聞こえ、苦笑した。
「…………俺を殺すのが、怖いのか……?」
荒い息遣い同士が、重なり合う。
「俺を失うのが……怖いんだろう?」
背に、ゴルベーザの涙を感じる。
絶望を覚えながら、生きることに苦しみを感じ始めているゴルベーザの姿は、俺そのものだ。
この星の人間を消し去ろうとしていた人間が、俺を失うことを恐れて泣くのか。
ゴルベーザが大きな体をした子どものように思えてきて、宥める調子で呟いた。
「……俺もお前も、もう後戻りはできない。用意されている未来がどんなものであろうとも、進むしかないんだ」
肩にかけられたゴルベーザの手をそっと握り、
「だからもう、過去を見るのはよせ」
ゴルベーザと、それから、自分に向けてそう言った。
生きることは辛い。
でも、薄暗い水の中で共にもがき苦しんで懐かしい地上を目指し、水を飲み込みながら肺に溢れる悲しみに溺れそうになっても、お前が傍にいてくれたらきっ ともう一度やり直せるような、そんな気がする。
「……俺もお前も、やり直せるさ」
そんな気が、するんだ。
End