外に行こう、と決めたのは、一人でいることが嫌だったからだ。
 城内にいると、皆が気遣いの言葉をかけてくる。僕は、それが辛くて堪らなかった。

 部屋の扉を開いて、頭を少しだけ出し、辺りを見回す。
 誰もいない。ホッとした。
 左手には、えんじ色の帽子。お気に入りのやつだ。小さな羽根が二つついている。右手には、竪琴。どこに行くにも一緒だ。
 水筒を肩からさげて、そうっとそうっと裏口を目指す。
 久しぶりの外出に、胸を弾ませながら。



「……暑い……」
 何とか外に出ることに成功した僕は、あまりの暑さに喘いでいた。
 すぐ近くにあるオアシスに行くだけ。それなのに、足がふらついてしまう。
 帽子を目深に被り、はあはあと息を吐く。水筒の中にある水は、直に空っぽになってしまった。
 あと少し。あと少しだ。
 そうしてオアシスに辿り着く頃には、僕はへにゃへにゃになって木陰に蹲っていた。
 外って、こんなに厳しいところだったんだな。僕はしょんぼりと項垂れた。
 ああ、視界がぼんやりと霞んでいる。体が熱をもち、火照っているのが分かる。
 ぎゅっ、と竪琴を抱きしめた――――つもりだったのに、竪琴は地面に転がってしまう。指先に力が入らなかった。
「……嬢ちゃん、こんなところで何やってんだ?んなもん抱えて」
 頭上から降ってくる声。
「……あつ、くて……」
「うわ、顔真っ赤じゃねえか!ほら、水を飲め。それからおぶされ。運んでやるからよ」
 運ばれてきた水を飲み、声の主の体に掴まる。
 逆光と目の霞で、はっきりとは見えなかった。
 静かに、目を閉じる。ざくざく、という砂を踏む音だけが聞こえていた。


***


 そういえば僕、お嬢ちゃんじゃないんだけどなあ。思いながら、目を開けた。
「……お。起きたか」
 見覚えのある場所。ここは、僕の自室だった。
「……きみ、は……」
「王子様が起きたぜ!」
 彼が叫ぶと、僕の主治医や近侍、父さん母さんが一斉に駆け寄ってきた。
 声でわかる。彼は、僕を助けてくれた人だ。銀髪と、それから、見たこともないような不思議な服装をしている。
「おい、放せよ。もう大丈夫だろ?」
 手をよくよく見てみれば、僕は彼の服の裾を思い切り掴んでいた。驚き、慌てて放す。彼は大きな声で笑った。口元は、薄い布に隠れて見えない。
「じゃあな。お大事に」
 父さんや母さんが、僕に何かを言っている。でも、聞こえない。彼の姿しか見えない。
 彼は後ろ姿のまま、ぴらぴらと手を振って、
「女と間違えて悪かったな、王子様」
 そのまま、行ってしまった。



 夜が来て、あの人は誰なの、と近侍に問うと、エブラーナの王子様ですよ、と彼女は微笑んだ。
 彼女の話によると、あと一週間はこの城に滞在するんだそうだ。
 不思議な服装をしていたな。きらきら光るアクセサリーも着けていた。赤いピアスが、綺麗だった。
「……あら、エドワード様」
 近侍が、扉の方を振り向く。その先には、彼がいた。
 頭をひょっこり覗かせて、「お、元気そうじゃねえか」と笑いながら、近づいてくる。
 そうして、ベッドの上に座った。
 じゃあ私はこれで、と近侍が去っていく。
 胸をどきどきさせながら、僕は彼を見つめた。
 短い髪の毛は銀色。目は僕と同じ緑。肌は白いけれど、僕のような青白さはなかった。
「おめぇ、家出するつもりだったのか?」
 彼が悪戯っぽい顔でそう言ったので、僕はぶんぶんと首を横に振った。
「あ、遊びに行こうと思っただけだよ。城の中は……飽きちゃったから……」
「あー、分かる。城の中って暇だよなあ。何か面白いことはねえかなあって、そればかり考えちまうよな」
「……うん。父さんも母さんも、心配しすぎなんだよね」
「そうそう。俺なんてもう十五歳になるってのに、親父達は心配し過ぎなんだよ。……ま、おめぇを心配する気持ちは分からねえこともねえけどな」
「な、何で!」
「単純に、危なっかしい」
「……そっか……」
「いい意味で、王子様らしいって言ってんだよ」
 ぐりぐりと僕の頭を撫で、眩しい笑顔を見せた。


 その日から、毎日、彼は僕の部屋にやって来るようになった。どこからかお菓子をごっそり持ってきて僕の主治医に叱られたり、僕を連れて部屋を抜け出そうとして失敗して叱られたりしていたけれど、彼はちっともめげなかった。
「そうだ!夜抜け出そう!」
 ある日、彼はそう言った。
「夜なら暑くないし、見張りも少ない。完璧だ」
 嬉しそうな彼の顔に、僕の心も弾む。
 彼と一緒に出かけられたら、どれほど楽しいことだろう。


 計画は、早速、夜に実行された。彼――エッジは僕の部屋の窓から顔を出し、
「忍者っぽいだろ?」
 と笑った。
 初めて出会った時と同じように、僕はエッジの背におぶさった。彼は窓のさんを踏み、「掴まってろよ。跳ぶからな」と言った。
 月夜だ。風が強い。蒼い光。目が回る。
 まるで、絵本の世界みたいだ。
 たん、たん、たん。
 エッジは木を踏み塀を踏み、最後にちょっとよろめいて、城の外に降り立った。荒い息をついている。
 今になって怖くなってきた僕は、強く彼の体にしがみついた。
「もう大丈夫だって。……にしても、人一人おんぶしてってのは、流石にきついな」
「ありがとう、エッジ」
「……照れるからやめろよ」
 彼の背から下りて、僕達はオアシスを目指し始めた。
 あの時と同じで、手には水筒と竪琴を持っている。
 ただ、夜であるということと、彼が傍にいるということが違った。
 木に背を預け、二人で上を見上げる。きらきらが降ってくる。とても眩しかった。
「綺麗だね!」
 僕が言うと、彼は笑う。
 じっと見つめていたくなるほど、明るい笑顔だった。
「……おめぇの睫毛って、長いのな」
「……っ!」
 不意に目蓋に触れられて、僕は震えた。
「金色だ」
 心臓の音が耳の奥で聞こえ始める。早い。ばく、ばく、と脈打っている。
 真剣な眼差し。どうすれば良いのか分からなくて、息を詰める。
「……なあ、キスって……したこと、あるか……?」
 言って、彼は口元の布を下ろした。
 唇に、柔らかいものが触れてきた。
 嘘、嘘だ、まさか。キスされてる?
 呆然としたまま、「……僕は、女の子じゃないよ」と呟くと、真剣な眼差しで、「分かってるさ」と彼は唇の端を上げた。
 少し、悲しそうだ。
「なあ、ギルバート。分かってるか?俺はもうすぐ、自分の国に帰らなきゃならねえんだぞ」
 ああ、そういえばそうだった。
 楽しくて楽しくて、忘れていた。
 ちゅ、と唇をもう一度啄まれる。胸の音が煩くて、彼の手を強く握った。
「何か、どきどきするな」
 彼も同じなのだと思うと、嬉しかった。
 お返し、とばかりに、口づけを返す。
「……おめぇ、煽ってんのか?」
「えっ!?」
 服をたくし上げられた。
 どぎまぎしている僕に笑みを向けながら、乳首を撫で始める。
 ぞく、とわけの分からない感覚が、背を走り抜ける。下半身が重くなって、頭の奥が真っ白になった。
 これは何なんだろう。
 怖くなって、エッジの頭を掴む。
「ひあ……っ」
 乳首を食まれ、目を閉じる。
「何か変だよ、エッジ……ッ!」
 下半身に熱が集まってしまって、おかしい。
 エッジはどこか切羽詰まった表情で「ここ……勃ったこと、ねえのか?」と僕に囁いた。
 熱い、熱い。
 耳が熱い、頭が熱い、全部全部熱い。
「イッたこと……ねえのか?」
 意味が分からない。いくって、何のことなんだろう。
 エッジの声が掠れている。下着の中に、手が伸びてくる。震えながら、腰を引く。信じられない場所を掴まれた。
「……き、汚いよ……!」
「俺にもおんなじもんがついてる。気にすんな」
「気にするに決まってるじゃな…あっ!」
 エッジが、僕のものを扱きだす。先っぽからは透明な液体が出ていて、にちゃにちゃと音をたてている。
「あっ、あう、う……んっ」
「すげ……やらしい顔」
 僕の顔を覗き込む。
 恥ずかしくて目を逸らすと「イく時の顔、見せろよ」と彼は言う。
 気持ち、いい。僕の体は、どうしちゃったんだろう。
 おしっこが出ちゃいそうな気がする。そんなの駄目だ。エッジが目の前にいるのに。
「……エッジ、ぃ……っ何か、あぁ……出ちゃうよ……!おしっこ出ちゃう……っ!」
「小便じゃねえよ……出せばいい。ほら、出せ」
 エッジの手の動きが速くなる。
「ひ、あっ、ああぁ……っ!」
 口から悲鳴が漏れ、同時に、何かがいっぱい出た。
 僕の頭の中と同じ位、真っ白な液体。それは止まらなくて、エッジの顔を汚していった。
 エッジの銀色の睫毛が白く染まる。唇の上に、ねっとりとしたそれが乗っている。
 にっ、と笑い、彼はそれを舐めた。
「すげえ出たな」
 出たものが何なのかは理解できなかったけれど、恥ずかしいものだということは分かった。
 体に力が入らなくて、内腿が痙攣している。目の前が涙でゆらゆら揺れていた。
 白いものがいっぱい掛かってしまった顔を服の袖で拭い、エッジはまた、僕の恥ずかしいところに触れてきた。
 これ以上触られたら、おかしくなってしまう。身を捩った瞬間、白濁で濡れた彼の指先が、僕の――中に入ってきた。
「……あ、あぁ、あ…………!」
 首を横に振る。目いっぱい振る。こんなの、駄目だ。こんなの、おかしい。
「……好きだ、ギルバート」
 低い低い、掠れた声。彼のにおいがする。胸が苦しい。
 僕も、好きだよ。大好きだよ。
「ああっ、あ……っ、んんー……っ」
 指が出入りを繰り返す。痛くて苦しいのに、こんなにも胸が熱いなんて。
 足を持ち上げられた。引き抜かれた指の代わりに、熱くて硬いものが押し当てられる。それが何なのかは、流石に分かっていた。
「掴まってろ」
 窓から跳んだ、あの時と同じ口調で彼は言う。
 頷いて、僕は彼の首に腕を絡ませた。
 先端が埋まってくる。思わず腰を引くと、逃れようとする僕の体を引き寄せ、更に奥へと押し入ってきた。
 はあ、はあ、と息を吐く。
 痛いのに、いけないことをしているという感覚はあるのに、どこかで彼を欲しがってしまう。
「……ちから……抜けっ、て……これじゃあ動けねえ……。おめぇも、きついだろ……?」
 必死で何度も深呼吸を繰り返すうちに、徐々に力が抜けてきた。
 エッジは、動きたいんだ。きっと、さっき僕が出したのとおんなじものを出したいんだろう。
「うごい、て……エッジ……」
「……いいのかよ」
 今更だけど、と彼は笑う。
 いいんだ。僕はエッジがしたいことを、して欲しいんだ。
「あ……っ!」
 僕と彼の体がぶつかった瞬間、生々しい音がした。中を擦られるたびに、声が溢れて止まらなくなってしまう。
「あっ、あぁっ、あ、ひぁっ」
 また、真っ白なものが僕の体から出た。
「気持ちいいか……っ?」
 頷いて、彼の唇に噛みついた。お互いに貪り合う。揺さぶる速度が、どんどん速くなっていく。
 頭の中が靄がかり、視界が真っ白に変化した。
 世界が遠退いていってしまう。
 エッジが何か言っているような気がしたけれど、僕にはもう何も分からなかった。


***


 誰かが叱られている、そんな声がする。
 目蓋を持ち上げると、見慣れた天井が飛び込んできた。
 そうだ、僕は気を失って。
「ギルバート様!!心配したんですよ!」
 近侍達が駆け寄ってくる。いつか見たような光景に、僕は辺りを見回した。
「全く!彼が無事だったから良かったものの……!」
 お爺さん――確か、エッジが“爺”と呼んでいた――がエッジを叱っていた。
 僕が目覚めたことに気づいたのだろう。彼はこちらを向き、片目を閉じて笑って見せた。
「若!聞いておられるんですか!?……もう出発の時間ですから、この位にしておきますが、帰ったら――」
 ああ、彼が帰ってしまう。行ってしまう。
 エッジはちょっと寂しそうに眉を下げて、口元の布を下ろし、
 “またな”
 と、唇の動きだけで呟く。
 その言葉に安堵して、僕は目を閉じ、夢の中へと戻っていった。



End


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