眠りましょう、俺がそう提案しても、彼は寝ようとしない。俺の体を後ろから抱いて、髪に鼻を埋めている。
「明日は早いんでしょう?」
「……ああ」
 カーテンがはためいて、月が窓から覗き、月光が俺たちを照らす。
 身を捩って彼の手から逃れようとするも、強く抱きすくめられ、失敗に終わってしまった。
 彼の手に手を重ね、
「何かあったんですか?」
 訊くと、途端に拘束が解けた。
 振り向き、彼の表情を確かめる。薄紫の瞳に気を取られている間に、今度は手首を押さえつけられていた。下はシーツだから、痛くはない。けれど。
「……時々、お前を殺してしまいたくなる」
 低く告げられたその言葉に、俺の体は凍りつく。ゴルベーザ様は苦笑していて、とても哀しそうに見えた。
「お前を抱くようになってから……いや、もっと前からだ…………私はおかしい。心が乱され、果てのない苛立ちに襲われるようになった」
 彼の顔が近づいてきて、触れるだけの口づけが与えられる。
 さっき抱かれたばかりだというのに、それだけで、体の奥に熱が凝った。
「体を手に入れれば、苛立ちは治まる。そう思ってお前を抱いた」
 手首を自由にされたかと思ったら、胸をそっと撫でられた。息を詰めると、彼はそこを執拗に弄った。
「……ゴルベーザ、さ、ま……っ」
「……感じるんだろう?最初は、くすぐったい、と言うだけだったが……」
 楽しげな声の底には、薄暗い何かが潜んでいる。
 両方の胸をつままれたり潰されたりして、いたたまれなくなり、俺は自らの顔を手のひらで覆い隠した。
 胸だけで感じることが、酷く恥ずかしいことのように感じられた。
「お前を抱いても、苛立ちは酷くなる一方だ」
 言葉と共に、足首を掴まれ、片足を持ち上げられる。彼のものが屹立しきっているのが視界に入ってきて、身を捩り、シーツに縋りついた。
 衝撃に耐えなければいけない。何度抱かれても、この瞬間は怖い。大きく息を吸い込むと、ひゅっ、と喉が鳴った。
 湿り気を帯びた先端が、俺の中を押し広げた。
「ああ、あ…………!」
「…………きついな……」
「ひ、あ、あああぁっ!!」
 一番太い場所が躊躇いなく入ってきて、俺は大声をあげた。そこが入ってしまえばもう大丈夫で、気付けば全てが収まっていた。
 彼のものが脈打っているのを感じる。上目遣いで彼を見れば、「辛いか?」と問いかけてきた。
 殺したい、などと言っておきながら、どうしてそんなことを言うのか。
「辛いのは……貴方では……ありませんか?」
 訊くと、彼は曖昧に微笑んだ。
「……私が?何故?」
 俺にも分からない。何故、こんなことを訊いたのか。
 ただ、もしかしたらこの人は泣き出すんじゃないか、そんな馬鹿なことを考えて、俺は。
 暗い光を湛えている瞳に射竦められる。手を伸ばせば、彼は優しく口づけてきた。
 挿入が深くなる。喘ぎ、彼の頭を抱き寄せた。
「ん、ん、う……っ」
 薄く目蓋を開くと、悲しげな彼の表情が目に入ってきた。堪らない。胸がずきりと痛んだ。
 絡め合う舌はこんなにも熱いのに、彼の心が冷めているのを感じる。この人は諦めているのだ。
 何を諦めているのか、それは分からない。彼は何も教えてくれやしないから。
 腰を打ちつけられ、はしたない声をあげる。体の奥の奥まで、犯し尽される。耳を食む唇と吐息に、聴覚も奪われてしまう。
 全て奪われる。この人は、俺を欲しがっているのか。
 俺は全て差し出しているのに。俺は貴方のものなのに。なのに、何故哀しげな顔をするのです。
 一旦引き抜かれ、彼の上に跨るよう命じられた。片手で彼のものを支え、もう片方の手を彼の腹に置いて、俺はゆっくりと腰を落としていった。今度は、あまり怖くなかった。
 膝が震える。自分のものが先走りでどろどろになっていることに気づき、強く目蓋を閉じた。
「死にそうな顔をしている」
 挿入し終えた瞬間、彼が笑った。どきりとして気が抜けてしまい、体を支えていられなくなった。下から突き上げられる。口が「あ」の形になり、そこからどうしようもなくなった。
「や……っ、あ、あぁっ、あっ」
 俺の腰を持っている彼の手が汗ばんでいることを知り、ひたすら貪欲になる。
 俺も、貴方の全てが欲しい。俺の全てを差し出します。だから、貴方の全てを俺に下さい。俺の全てを貴方のものにして下さい。
 律動が早くなる。彼の瞳を見つめ、口にする。
「……貴方を、愛しています…………っ」
 彼のものが一際大きくなり、中で微かに震えた。視界が真っ赤に染まり、足が突っ張った。
 どくどくと中に注ぎ込まれ、俺の唇から唾液が滴る。あまりの絶頂感に、声も出なかった。
 気づくと、俺は彼の腕の中にいた。
 優しく髪を梳かれる。目を閉じ、彼の指を味わった。こんな風にされたことはなかった。
「……本当に、馬鹿な奴だ」
 彼が独り言のように口にした。何も言えなくなった。俺が目覚めていることに気づいていないらしい。彼の声は、聞いているほうが泣き出しそうになるほど悲しみに満ちていた。
「お前がそんなことを言うから、私はこんな気持ちに……」
 彼の顔が近づいてくるのが分かった。目覚めていることを気取られないよう力を抜く。そっと頬に口づけられた。
「お前の気持ちがまやかしであると知った時、お前は一体どんな顔をするんだろうな」
 自嘲を含んだ彼の声。
 言葉の意味は分からない。
 眠気が襲ってきた。抗うこともできず、まどろみ、そして沈んでいった。




End



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カイン受30題