目を閉じると、悪夢が見える。
 蠢く虫達が、ぞわりとした感触を残しながら体中を這っていく。
 幼い頃からずっとそうだった。一瞬でも、ほんの僅かな間でも、同じだった。
 まばたきの間ですら、気を抜くことは許されなかった。
 闇が、私の体を喰らい尽くしていく。
 暗く低く響く声が、『私』という存在を消そうとする。



「――――ゴルベーザ様」
 伺うような声が背後で響いた。無言のまま振り向くと、カインが何か言いたげな表情をして立っていた。
 目元は兜で隠れていて見ることができない。けれど、何か言いたいのだろう、ということは唇の震えで分かった。
「……どこか痛むのですか?」
 緊張を貼り付けたような声音で、カインは小さくそう言った。
「何故、そう思った?」
「…………歩き方が、いつもより……何というか……重く苦しげに見えたので」
「……痛む場所はない」
 体調が悪いのは事実だった。だが、カインにそれを告げる理由はない。
「俺の気のせいならいいんです」
 ほっとした表情で、
「では、失礼します」
 カインは踵を返そうとする。
 それを止めたのは、私の左手だった。
 何故こんなことを、と思うのに、私の手は止まらない。
「な……っ?!」
 引き寄せ、戸惑っている顔を覗き込んだ。
「……痛む場所はない。だが、少々寝不足でな」
「寝不足、ですか……?」
 頭を撫でて兜をずらせば、うろたえる瞳が覗く。
 何度もまばたきを繰り返し、カインは私の顔を凝視した。
 操られている者とは思えぬ反応だった。瞳は色を失っておらず表情も豊かだ。
「ゴルベーザ様」
 微かに細められた目が、慈しむような色を纏う。慈しみの色を金の睫毛が彩っていて、その様にどきりとした。
「言って下さって嬉しいです。……ゴルベーザ様との距離が、少しだけ縮まったような気がして……」
 抱きしめたい、という衝動に駆られた。けれど一度そうしてしまったら戻れなくなるように思えて、衝動を押し殺す。
「眠れない時はあたたかいミルクに蜂蜜を入れると良いと聞いたことがあります。一度試してみませんか?」
 そんなもので、あの悪夢がなくなる筈がない。それなのに、私は頷いてしまう。
 私が頷いたら、彼はどんな表情を見せるのだろう。彼の新たな表情が見たくて堪らない。
 彼は驚くだろうか。また、瞳をさまよわせるのだろうか。それとも。
「では、後でゴルベーザの部屋にお持ちしますね」
 とろけるような笑顔を浮かべて、カインはそっと頷いた。
 まばたきすることも忘れて、ただ、彼の顔を見つめていた。


End