触れ合っていた唇を離せば、この人は、名残惜しそうな顔をする。
 けれど、ならばと再度口づけようとすると、「もういい」と顔を背けられる。
 行き場をなくした指をさ迷わせ、俺は自分の髪を撫でた。
 湿っている。もう少し、きちんと乾かしてくるんだった。
 ゴルベーザ様はといえば、何も言わず、椅子に腰掛け、机に置かれていた書類に目を通し始めている。
 きっと彼は今夜、俺を抱く気がないんだろう。
 そう判断した俺は一礼し、
「……失礼しました」
 部屋を去ろうとした。
 と、突然、ぴん、と全身が突っ張る感覚に襲われた。身動きがとれなくなる。
「行くな」
 静かな声がした。
 固まってしまった体を叱咤してやっとのことで振り向くと、書類を手にした彼が、少し寂しげな表情でこちらを見ていた。
「……行くな、カイン」
「ゴルベーザ様……」
 子どもみたいな顔をする人だ、と思った。同時に、ゴルベーザ様はこんな顔をする人だったろうかと考える。
 せめて寂しげな顔をするのはやめて欲しい。
 求められているのではないかと、勘違いしそうになってしまうから。
 縋りつくような瞳が痛くて、呪縛の解けた脚で、彼に近づいた。
 まるで、獣に近づいていくような気分だ。
 彼の傍に立つと、頭を引き寄せられた。
「…………ん……」
 柔らかな感触にどきりとする。
 触れるだけの口づけは、あまりに優しすぎた。普段はそっけない扱いしかしないのにと思い戸惑う。
 途端、どうすればよいのか分からなくなり、ゴルベーザ様の胸元に手をやった。口づけをやめた後も離れ難くて、首筋に顔を埋める。
 もしかして、何か嫌なことでもあったんだろうか。
 首に手を回して抱きしめると、強く抱きしめ返してきた。
 心が通い合ったような気がして、胸が温かくなる。
「何か、あったんですか」
 彼は、何も言わない。
「……俺は、ゴルベーザ様の傍にいてもいいんですか。ご迷惑では、ありませんか……?」
 彼は、何も答えない。
「許されるなら……俺は、ずっとゴルベーザ様にお仕えしていたいと思っています。貴方の傍にいたいと」
 何故、この人の傍にいると胸が痛くて堪らなくなるのだろう。息が苦しい。酸素が足りない。指先がびりびりと震えた。
 この人は何も答えてくれないのに、それでも俺は。
「俺は、貴方のことが――……」
 突然、唇を塞がれた。唐突なそれにきつく目蓋を閉じながら、彼の心の内を探ろうとする。
 吐息と共に彼の感情が流れ込んでくる――――そんな妄想にとりつかれ、俺は心の中で笑った。
 口づけだけで想いを交わすことができたなら、こんな風に思い悩むこともなかっただろうに。




End






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カイン受30題