この人の優しさが怖い、とカインは思った。

 触れてくる手は硝子に触れるかのように甘く、囁かれる言葉は驚くほど柔らかだ。
 与えられる快楽は極上のもので、意識をとろけさせられてしまう。
 怖い。またそう思い、
「ゴルベーザ、様……っ」
 深く挿し込まれたゴルベーザの雄をきつく締め付けながら、カインは男の名を呼んだ。
 背に圧し掛かっている男がカインの腰を支えていた手を滑らせ、胸元に手を回す。
 そうして、唇に微笑を浮かべ、囁いた。
「どこか、辛いのか」
 それを聞いたカインは、強く目蓋を閉じてゆっくりと首を横に振る。
 カインの胸は尖りきり、雄は涎を垂らし、後孔は男のものを限界まで飲み込んでいた。体が辛いわけではない。
 シーツを何度も汚す位に指で拡げられ、奥まで探るような口付けを繰り返されたのだ。辛いはずがなかった。
「…あ、あ、あっ」
 腰を再度支えられ、内壁を擦られ、カインは喘いだ。
 シーツに頬を預けながら、爪先を震わせる。
 いやらしい水音が、頭の中を刺激した。
「深い、で、すっ……激し……、も、もっと、ゆっくり……」
 息も絶え絶えといった具合にカインが呟くと、男は笑みを強くして言う。
「何を言っている。欲しがっているのはお前だ。全て、お前の為なのだぞ……カイン」
(俺の為…?)
 ぼやけた意識の中、思う。
「…そう、お前の為だ。この場所に戻って来たい、私にもう一度抱かれたいとお前は望んだ。私はそれを叶えてやっているだけに過ぎない」

 この場所。

 薄目を開けて、周囲を見渡す。銀の壁、銀の床。ああ、何度か来た事がある。この場所には見覚えがあった。
 ここは、バブイルの塔ではなかったか。
(どうして、俺はこんなところに)
 前立腺を突かれ、カインは背を仰け反らせる。視界の端に映ったクリスタルが、ベッドの揺れで地面に落ちた。
 カツン、という硬い音が部屋に響く。
(そうだ、封印の洞窟で、俺は)
 肉のぶつかり合う音を聞きながら、霞む脳内を探ろうとする。しかし、上手くいかない。
「カイン、お前の望みは何だ?」
(俺の望み…?)
 どくん、と胸が鳴る。男の声が絡みつく。
 セシルもローザも、手を取り合って行ってしまう。父と母は、遠くへと旅立ってしまった。
 とても寂しかった。悲しかった。辛かった。

 自分の望みは何だった?

 いつの間にか流れ始めた涙を止める術もなく、カインはシーツを握り締め、うわ言のように、口にする。
「俺の、傍に……」

 永遠に、俺の傍に。

 カインの唇が悲鳴を吐き出す。男は「ああ」と頷く。
 心の奥深くに隠されていた、唯一つの願いが剥き出しになる。どうしようもないほど自分勝手で、暗い、夢物語のような願いだった。

 ずっと、傍にいて欲しい。
 俺だけを好きでいて欲しい。

 あるはずのない永遠を想いながら、そっと男の名を呼ぶ。
 呪文を唱えるかのように、願いを込めて呼び続けた。


End