こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。
クリスタルルームの中で、カインは愛槍を持って微笑んでいた。
彼のことなら、何でも知っているつもりでいた。知らないものなどない。だって、小さい頃からずっと一緒にいたんだから。
それなのに、今は、あの竜を模した兜の下で彼がどんな目をしているのか、そんな小さなことすら分からない。
彼は、どうしてこんなことを。
カインの体が宙に浮いた。
高く跳躍し、槍を構え、こちらへ向かってくる。
「やめてくれ、カインッ!」
転がることでそれをかわす。
先程まで僕がいた場所に、鋭い槍が突き刺さっていた。
「……カイン、どうしてこんな」
「少しは考えてみたらどうだ?俺が何故、こんなことをするのかを」
槍が風を切る、僕はそれを素早く避ける。
カインの癖は分かっていた。何度も何度も手合わせをしたし、同じ敵に挑んだ。
いつだって僕は、美しく跳ぶ彼を近くで見つめていた。
彼は、ゴルベーザに操られているのだろうか。そう思いながら、問う。
「君も、ゴルベーザに?……僕のことが分からないのか?」
しばらくの沈黙の後、カインは大声で笑い始めた。それは、ひどく乾いた笑いだった。
体温が急速に下降していくような、そんな錯覚を覚える。
「……そうかもしれないし、そうではないかもしれない。そんなことは、もうどっちだってかまいやしないんだ。……ただ、これだけは言える」
槍の切っ先が、僕の顎を持ち上げた。彼は槍を辿るようにしてもう片方の手で僕の頬を撫で上げ、兜のガードを持ち上げる。
広がった視界に、彼の顔が飛び込んできた。
泣いているような気がしたのは、気のせいなのだろうか。
「俺は、お前を殺したいと思っている。心の底からな」
薄めの唇が歪んでいた。
声の奥底に震えが透けていて、余計に何も分からなくなってしまう。
彼の手を、握りしめたかった。
喧嘩した後は手を繋いで眠ったこともあったっけ――この非常時に、昔のことを思い出す。
いつだって、カインは「悪かったな」と唇を尖らせて先に謝りに来てくれた。
兄のようで、親友のようで、そんな彼を、僕は心から信じていた。
空の色を映しているかのようなカインの瞳は、今は見えない。心も、まるで厚い雲に覆われているかのように見えなくなっている。
彼を信じたい、と思う。
これまで、共に生きてきたのだ。僕は、彼をじっと見つめた。
「僕は死なない。ここで死ぬわけにはいかないんだ。……守らなくちゃいけないものがあるからね」
カインが唇を噛む。
僕は頬に添えられた彼の手を握り、呟いた。
「もちろん、君のことも守るつもりだ」
カインが僕を突き飛ばし、槍を持つ手を振り上げる。
君の、本当の気持ちが知りたい。
戦うことでしか知ることができないのなら、僕は喜んで君の槍を受け止めるよ。
End