手を伸ばせば、触れられる。
 すぐ近くに、体温を感じることができる。
 今なら分かる。あの日々は幸せな日々だったのだ、と。

 今は遠いあの人は、きっと、静かに眠っている。俺が修業をしている間も、ただ静かに眠り続けている。
 俺は、夜になる度にあの人を想う。あの星のどれかがあの月なのだと思うと、想わずにはいられなかった。
 無理強いされて始まった関係だった。
 恨んだことも、憎んだこともあった。
 けれど、あの戦いの日々から――ゴルベーザと共に過ごした日々から――幾年も過ぎてから芽生え始めた感情に、俺は頷くしかなかった。
 いつしか俺は、ゴルベーザを恋しく思うようになっていた。
 抱き合った瞬間に伝わる体温や、耳元で囁かれる睦言。髪の匂い、針のように尖ったきつい眼差し。薄紫の光彩。
 立ち上がって、テントの隅に置いてある槍に手を伸ばした。
 その槍は、今にも折れてしまいそうなほど汚れ、傷つき、ぼろぼろになっている。装飾も色褪せ、本来の色を失くしていた。
 今夜はよく晴れている。外に出たら、またあの月を探してしまうだろう。

 ――前に進め。

 ああ、聞きたくない。
 槍を胸元に抱き寄せて、そっと膝を抱えた。

 ――私達は、お互い甘え合ってばかりだ。だから……

 言わないでくれ、お願いだから。

 ――お前は青き星に残れ。残って、前に進め。

 あの時、いつになく優しい調子で、ゴルベーザは語りかけてきた。俺は、フースーヤと共に去っていく後姿を、ただ見つめていることしかできなかった。
 何故だろう、あの時の俺は信じていたのだ。ゴルベーザはこの星に残るだろう、そう信じ切っていたのだった。
 古ぼけた槍を握りしめた。
 ゴルベーザがくれたこの槍を、俺は捨てられずにいる。
 先は錆ついているし、柄の部分は今にも折れてしまいそうに痛んでいる。
 壊して捨ててしまおうと何度も思った。でも、できなかった。どうしても捨てられなかった。
 同じように、心の中にある小さな気持ちも、捨てることはできなかった。
 槍も気持ちも壊してしまえれば楽になると分かっているのに、できなかった。
「ゴルベーザ」
 呪文のように繰り返す。あの人の名前を呼べば、あの人が返事をしてくれるような、そんな気がして。
 テントの入口の隙間から射し込む星の光を見つめ続ける。
 この光を辿れば、あの人の元へ行けるのだろうか。

 ――前に進め。

 分かっている。
 だから今だけは、お前を想うことを許してほしい。
 少し休んだら、前に進むから。
 だからどうか、今だけは。




End


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ゴルカイ