「あ……ッ、ルビカン、テ……!」
 甘い声を漏らしながら、彼は私の手をきつく握った。その手の小ささに、ぞくりとする。
 大きく開かれた細い足には汗が滲み、微かにあばらが浮いている腹には白い液体が散っていた。
――――何度、この体を抱いただろう。
 彼を抱くようになってから、もう半年が経過しようとしていた。
 乳首を軽く摘むと、中がきゅうっと締まった。いやいやをするように首を横に振って、エッジは「そこ、やだ」と息も絶え絶えに訴える。もう一度摘むと、かちかち、と彼の歯が鳴った。
「……怖いのか?」
 軽く揺さぶりながら問うと、エッジは唇を真一文字に結んだ。そのまま、目をそらす。
 快楽に溺れることを恐れているのだろう。だが、強がりな彼が「怖い」と言うはずがない。
「……怖いわけねえ、だろ……っ!」
 予想通りの返事が飛んできた。
 エッジは本当に強がりだ。
 強がりで、まっすぐで、こちらが不安になってしまうくらい、疑いを知らない人間だった。
「……ん、あっ、あぁ、あ……っ」
 切羽詰まった声が、部屋中に響き渡る。ここは私の部屋だから、エッジの部屋のように声を気にする必要もない。
 薄く開いた唇に口付けようとして、以前「俺達はそういうんじゃねえだろ」と体を押し退けられたことを思い出した。それでも『唇に触れたい』という衝動には抗えず、親指で唇をなぞる。
 割り開き、舌を軽く摘んだ。
「ふ、あぁ、あ……ッ?!」
 驚き焦る表情を堪能し、やわらかい舌を指先で愛撫する。狭い腹の中を先ほどまでよりも強く掻き回すと、エッジは一際大きな声をあげ、私の腕に爪をたてた。
「そ、そこ……やだ……っ、やだ……!!」
 彼の唾液で濡れた指を、再度胸元に持っていく。何度か抱くことで知った彼の『悦い場所』を突き上げながら、小さな乳首を摘み、撫でた。
 涙の粒をぽろぽろとこぼし、彼は首を横に振る。乱れた声で「ルビカンテ」と私の名を呼んで、手の甲で涙をぐいと拭い、己の目元を掌で隠した。
「…………だ、出し、てくれ……ッ……! 変になっちまう……っ!」
 下腹部が疼くのを感じた。
 彼は今、自分がどんな表情をしているか知っているのだろうか。
 甘く上ずった声に引き摺られ、戻れなくなっていく。
「あ、あ、あぁ、あッ」
 逃げを打とうとする細腰を引き寄せ、欲望を吐き出した。エッジは体をびくびくと震わせて、ぼんやりとした眼差しを結合部に向けている。
「……ひ、いぃ……あ……っ、あつ、い、ぃ……っ」
 彼のペニスから、とろとろと精液が溢れ出した。同時に、痩身がシーツの上に沈む。




 魔物が人間を抱く。それはとても異常なことだ。
 エッジの疲れ方を見ていると、否が応でもそれを思い知らされてしまう。
 私に抱かれた後、彼は必ず気を失い、二度と目を覚まさないのではないかと思うほど深い眠りに、その身を落としてしまうのだった。
 濡らして絞った布で、彼の体を清めていく。彼の体から立ち昇る『炎のにおい』に、言いようのない感情を覚えた。
 白いもの、美しいものを、黒く穢しているような心持ちになる。――――――――私は、彼を穢しているのだ。
 この青き星の未来はもう決まっている。この星の人間は、生き物たちは、私の主によって跡形もなく殺され滅ぼされてしまうだろう。エッジも例外ではない。どんなに技を磨いても、努力しても、輝かしい夢に真っ直ぐな眼差しを向けても、未来は変わらない。
 そうだ。この少年が王になる日は来ない。
 胸に、刃で刺されたような痛みが走った。
 彼が統べる国は、きっと笑顔で満たされることだろう。太陽のような彼の笑みは、人々の心を明るくさせる。無鉄砲で口が悪くて、けれどそれを丸ごと包み込んでしまうほどの輝きが、彼にはあった。
 生まれ持った王の資質。きらきら光る王の原石は、努力によって更にその輝きを増していく。
「ん……」
 身を捩ったエッジの頭を、そっと撫でた。
 出会わなければよかったという思いと、出会えてよかったという思いが交錯する。
 出会わなければ、こんな気持ちに襲われることもなかったのに。こんな気持ちを知ることもなかったのに。
 何故、あの時彼を助けてしまったのだろう。
 私は、そうまでしてエッジを手に入れたかったのか。


 どれくらいの時が流れたのだろう。私は、じっとエッジの寝顔を見つめ続けていた。
 閉じた瞼がぴくりと動く。
「……ルビカンテ…………?」
 彼の声は酷く掠れていた。体を起こしてやり、水差しを唇にあてると、彼は水を素直に嚥下した。
「……俺、どのくらい寝てたんだ?」
 まだ体がつらいのだろう。エッジは抵抗することなく私の胸に頭を預けている。時計に目をやると、彼が眠り始めてから三時間経過していたことが分かった。
「やっぱ負担がかかんのかな……普通じゃねえよな、これ」
「……そうだな」
「おめぇの『炎のちから』は相当すげえもんなんだろうな。俺の……貧弱な体じゃ、支えきれねえってことなんだろう」
『って言っても、おめぇのちからをまだ見たことがねえから、単なる想像でしかねえんだけど』。そう言って、彼は銀色の眉を少し下げて見せた。
「見てみるか?」
「えっ?……わ、わっ!」 
 エッジの体を、シーツごと抱き上げた。驚いてしがみついてきた体を片手に抱いて、昨日ルゲイエが「耐久性を確かめて欲しい」と寄越してきた機械人形を起動させる。不気味な動きを繰り返しながら、機械人形は部屋の中心に向かった。
 部屋が燃えぬようにと結界を張り、機械人形に向かって手を翳す。
 呪文を詠唱している時点で、何かを感じ取ったのだろう。エッジはごくりと息を呑み、私の腕にきつくしがみついた。
 ありったけの力をこめて、炎を放った。
 橙色がぶわりと舞い上がり、機械人形が消し飛ぶ。炎の柱が、踊るような調子で空気を蹂躙した。
 エッジは、ぽかんと口を開けながら、その光景を見つめていた。
「…………すげえ…………」
 緑色の瞳の中に、橙色の炎が映り込んでいる。ぱちぱちと爆ぜる炎に、エッジは見惚れているらしかった。
「なあ……ルビカンテ」
 彼の手からちからが抜けた。驚いて引き寄せようとしたが、エッジはそれを望まなかった。微かによろめきながら床に着地し、見上げ――――あの真っ直ぐな眼差しでこちらを射抜く。
「ルビカンテ。……俺に、炎の扱い方を教えてくれないか?」



 その日から、私の部屋で『秘密の特訓』が始まった。
 体を重ねることはなくなったが、彼との距離はずっと縮まったような気がしていた。
 あの時、私の放った炎を見たことで、エッジは何かを掴み取ったらしい。不調は少しずつ回復していき、彼の顔にも、笑顔がよく浮かぶようになっていった。
 エッジの持つ能力は、想像以上に『感情』に左右されるものであるらしかった。

「ああーっ! また駄目だ……」
 頭を大きく横に振って、エッジは落胆の溜め息をついた。確かにそれは失敗そのもので、機械人形は微かに焦げ付いただけだった。
「……こういったことは、気長にやるしかない」
「そりゃそうなんだけどさ……」
「……お前が気付いているかは知らんが……私が最後にお前を抱いてから、もう一ヶ月以上が経過している。微かな炎でも、その炎はお前が一人で作り出した炎だ。胸を張るといい」
 努力の賜物なのだろう。彼の中にある炎のにおいは、私が彼を抱かなくなっても消えなかった。今はほんの僅かなにおいだが、このまま鍛錬を積めば、きっともっと大きなちからになるに違いない。
「きっと、おめぇの教え方が上手いんだろうな! 一人で練習してたって、ちからを取り戻すことはできなかったと思う」
「私は何もしていない。全て、お前が努力した結果だ。……最初からこうすれば良かった。そうすれば、お前の体に負担をかけることもなかっただろうに」
「え……?」
 私の方に向き直り、エッジは瞼をぱちぱちと瞬かせた。
「私は、お前を抱いたことを後悔している」
「……っ!」
「あれは、お前を傷つけてしまうだけの行為だった」


◆◆◆



 魔物の手は優しかった。
 ごつごつして、爪が尖っていて、大きくて。
 それなのに、驚くほど優しかった。
 快楽に飲み込まれて震える俺を、ルビカンテは優しく抱きしめてくれた。俺が目覚めるまで必ず傍で見守っていてくれたし、無理なことを強いようともしなかった。
 その優しさに甘え続けていた俺は、ルビカンテが後悔しているだなんて、思ってもみなかった。
「なん、で、今更、んなこと……」 
 ぎゅっぎゅっ、と何度か心臓が軋んだような気がした。息が苦しくなるほど、胸が締め付けられてしまう。
 俺は、ルビカンテを利用してやろうと考えていた筈だった。少なくとも、途中まではそうだった筈だ。いつから、俺の心は変わってしまったんだろう。
 俺は、何に傷ついている?
「……後悔……してるって、じゃあ、何で俺を抱いたんだよ……。俺を助けた時、何で手を出したりしたんだ」
 俯いて、手をきつく握りしめる。
「それは……」
 口ごもり、ルビカンテは俺の手を取ろうとした。それを振り払い、後退る。
「そりゃ、最初は……驚いたし、腹が立った。何でこんなことをするんだって思った。無理矢理抱かれるなんてご免だし、おめぇを倒してやりたいとも思った。でも……」
 心が震えているような気がした。
 俺は、何を口にしようとしているんだろう。
 ルビカンテの顔を見るのが怖くて、己のつま先を見つめ続ける。
「……でも、おめぇは俺の命の恩人で、悪いことをしようとしない魔物で……。おめぇのことを知れば知るほど、腹が立つこともなくなった。だから俺は、おめぇに抱かれるのを嫌だなんて思ってなかった。後悔なんてしてねえし、傷ついてもない」
「エッジ……」
「ほんとはさ、おめぇを利用してやろうって……そう思ってたんだ。これは取引だって、思おうとした。けどおめぇは優しくて、俺の調子は狂いっぱなしで……っ」
 ルビカンテも、俺の体を利用していた筈なのだ。
 そうだ、単なる精液を吐き出すための道具として、俺を――――――――。
 目から、何かが溢れ出た。俯いていたせいで、ぽたぽたと地面に落下していく。
 ルビカンテが、俺の手首を掴んだ。
「はな……っ、はなせよ……!」
「…………何故泣く?」
「泣いてなんか……!」
「往生際が悪い」
 ひょいと体を抱き上げられた。「子ども扱いすんな」という俺の声も虚しく、大きな体に包み込まれてしまう。じたばたと足を動かしてみたけれど、ルビカンテの手はびくともしなかった。
「……何故泣いているんだ?」
 優しく問われて、また涙が溢れてしまう。
「それは……」
 自分でも、よく分からない。ただ、俺は。
「……おめぇに性欲処理で抱かれてたんだと思うと……虚しくなって……」
「…………性欲処理……?」
 呆然とした調子で、ルビカンテが小さく呟いた。


◆◆◆



 エッジの涙が、言葉が、私の心を掻き乱す。
 腕の中に感じるぬくもりをいとおしく思いながら、私は彼の背を撫でた。
「……性欲処理のつもりでお前を抱いたことなど、ただの一度もない」
「う、うそだ、だって」
「お前を助けたあの日よりもずっと前から、私はお前に惹かれていた」
「えっ?!」
 どんな表情をしているのだろう、と顔を上げさせると、彼の顔は真っ赤だった。目を丸くして、私を見つめている。涙は引っ込んだようだ。
「おめぇと初めて会った時のことは覚えてる。目の前で消えちまったんだよな」
「……覚えていたのか」
「覚えてるに決まってんだろ。……滅茶苦茶悔しかったんだから」
「そうか」
 私が小さく笑うと、エッジはむっと眉を顰めた。
「最初は、お前の銀の髪に惹かれた。次は緑の瞳、それから、お前の姿勢に惹かれた」
「姿勢……?」
「お前の努力家な部分が、私を惹きつけてやまなかったのだ」
 耳まで真っ赤にして、エッジは私の肩に顔を埋めた。
「なあ、それって……つまり、俺に一目惚れしてたってことなのかよ」
「そうなるな。……お前に手を出してしまったのは、お前に焦がれていたからだ。……愚かなことだが、野蛮な欲求に勝つことができず、お前を抱いてしまった」
 魔物としての欲求に勝てなかった己に、腹が立つ。
「……私が魔物でなければよかったのに、と思う」
 身を屈め、エッジの体をベッドに下ろした。
 これ以上触れていたら、また、おかしな気分になってしまう。
「どうして? 魔物でもいいじゃねえか」
 私の首を引き寄せるようにしながら、エッジは、にっと笑った。
「魔物でも、人間でも、虫でも植物でもただの石ころだったとしても……おめぇはおめぇだろ?」
「……石ころ……」
 流石に石ころというのはどうなのだ、と思う。だが、彼の声は甘く優しかった。
 惹かれずにはいられない美しい緑の瞳が、いたずらっぽく微笑んでいる。
「おめぇはおめぇだよ、ルビカンテ」
 曇りのない声音に、胸の痛みを覚えた。
 人間でも魔物でも関係ない。虫でも植物でもただの石ころだったとしても、関係ない。事も無げにそう言い切る彼の心の広さに、体が震えた。
 王となった彼の姿を、ひと目で良いから見てみたいと思った。彼の生きる未来を壊すことを、ただただ恐ろしいと思った。
「…………ルビカンテ?」
 私の頬をするりと撫でて、エッジはすうっと目を細めた。
 慈しむような瞳に、醜い魔物が映り込んでいる。
 今更、ゴルベーザ様を裏切るような真似はできない。ゴルベーザ様は私の主で、命の恩人だ。私の命は、ゴルベーザ様のためにある。曲げることなど、できる筈がなかった。
「……今の調子で頑張れば、もっと大きな炎を操れるようになるだろう。お前なら必ずできる」
 私の言葉に、エッジは大きく頷いた。
 頬に当てられた彼の手に、己の手を重ねる。
 テレポで直接来ているから、エッジはこの部屋の場所を知らない。私が彼を避ければ、もう二度と会うことはできないだろう。
 次に会うことがあるとすれば、その時は――――――――。
「……もう夜だ。そろそろ帰らねば、お前の両親が心配するぞ」
 時計を指差してそう告げると「わっ!」と言って彼はベッドから飛び降りた。ゆっくりとした調子でテレポを唱え始めた私の顔を、「今日は送ってくれねえのか?」と覗き込む。
 私が頷くと、「おめぇの話を聞くの、ちょっと楽しみにしてたのに」と拗ねた表情を隠そうともせず呟いた。
「ま、おめぇにも予定ってもんがあるだろうし、仕方ねえよな。また明日な!」
 呪文を唱え終えた。エッジの体が、光に包まれていく。
「…………ああ、また会おう」
 明日会うことはできないと分かっていながら、嘘の言葉を口にする。
 うんうんと頷いて、エッジは大きく手を振った。
 その姿が、ふっと消える。
「エッジ……」
 静かになった部屋に、私の声だけが虚しく響いた。



End


Story

ルビエジ