いつもの発作でふらふらと城を出てきたまでは良かった。
 だが今夜は妙に冷えていて、俺はなかなか寝付くことができずにいた。
 もしかしたら、テントの位置を変えたほうが良いのかもしれない。
 冷えた体を縮こまらせて、テントの位置を変えよう、とテントから出た。

 地面に座り、木の幹に背を預け、ルビカンテは瞼を閉じていた。
 夜風が木の葉を揺らし、月明りが彼の顔を照らしている。
 顔を覗き込んだけれど、ルビカンテはぴくりとも動かなかった。
「寝てる……」
 俺は、ルビカンテの寝顔を見たことがなかった。ルビカンテは俺より遅く寝て俺より早く起きるのが常だったからだ。
 いや、正直、普段寝ているのかどうかも知らなかった。実体がない彼は眠気に襲われることもないのかもしれないとすら思っていた。
 不思議な気持ちになりながら、先程よりももっと近い場所でルビカンテの顔を覗き込む。
「……ルビカンテ?」
 呼んでも、彼は目を覚まさなかった。
 伸ばした指先は、虚しく頬をすり抜けてしまった。感じられるのはあたたかさだけで、けれど、そのあたたかさがとても心地良い。試しに全身を密着させてみると、テントの中にいるよりもずっとあたたかいということが分かった。
 思わず、体を密着させたまま座り込んでしまった。マントを手繰り寄せ、炎のマフラーをきちんと巻き直し、その場に横たわる。
 月明りが気持ち良かった。木々の音が、耳を優しくくすぐっていく。全身に感じるぬくもり。とろりと瞼が重くなった。
 最近は、凶暴な魔物の数も、ぐっと減った。こうやってテントに入らず眠っても、襲われることはほぼないだろう。
 老眼鏡を外せば、ルビカンテの姿が見えなくなる。けれど、あたたかさはそのままだった。
 意識が、暗闇へと吸い込まれていく。


***


 エッジは、私が眠っていると思ったらしい。近くで覗き込まれて、瞼を開くタイミングを見失ってしまった。
 かなりの時間が経ってから恐る恐る瞼を開くと、足元ですうすうと寝息をたてるエッジの姿が見えた。猫のように背を丸め、私の体で暖を取っている。
 胸の中に、あたたかい何かが溢れるのを感じた。
「……エッジ」
 掌で背を包み込むように撫で、彼の体により多くのぬくもりを伝えようとする。
 この感情を何と言い表せば良いのか分からなかった。
 いとおしくて、もどかしくて、切なくて、嬉しくて。
 様々な感情が混ざり合い、新しい色が胸の中で花開く。
 彼の寝顔は幼かった。いい年をした男に『幼い』という表現はおかしいかもしれない。けれど、私には彼が幼く見えていた。その幼さこそが、彼の長所ではないかと思った。
 幼い者には未来がある。彼の若々しく幼い部分が、国民に夢と希望を与えているのではないだろうか。
 エッジの、『いつでも前を向いている心』がいとおしかった。そんな彼に触れられぬということがもどかしく、切なかった。だが同時に、彼に必要とされているというこの状況が嬉しくて堪らない。
「…………ルビ……カンテ……」
 微かに身を捩り、エッジが私の体に己の体をすり寄せる。
「エッジ……」
――――この時間が永遠に続けばいい。
 愚かなことを考えながら、また、そっと彼の背を撫でた。



 End