幼い頃から、僕達は『家族』だった。
 カインの父と母が亡くなってからも、僕達は『家族』だった。


「俺は、帰らない。お前が何度迎えに来ようと……帰る気はない」
 空は嫌になるくらい青くて、雲は真っ白だった。カインは兜で顔を隠し、唇だけで笑っていた。
 けれど、僕は知っている。彼があの笑い方をする時は、悲しい思いをしている時なのだと。胸の内を隠そうとしている時なのだと。
「僕は、君と一緒にいたいんだ」
「この山にいたいという俺の気持ちは無視か?」
「違う、そんなんじゃなくて……」
 カインは僕をからかうように、軽い調子で「うろたえるなよ」と言った。愛槍をぎゅっと握って、そっと撫でている。
 僕は知っているんだ。その仕草が、カインが嘘をつくときにするものだということを。
 僕は、君の全てを知っている。いや、知っている――つもりだった。
 竜の形をしたあの兜の下で、彼はどんな瞳をしているんだろう。分からない。
 彼の瞳は、あの空のように青い筈だ。金の睫毛、切れ長の目元、一見きつく見えるそれは、笑うと優しげに弧を描く。
 けれど、今は分からない。あの兜の下で、彼がどんな表情をしているのか、どんな瞳で僕を見ているのか、分からない。
「僕は、君のことが好きだ」
 言えば、肩がぴくりと反応した。
「好きだよ、カイン」
 恥ずかしい事を言う奴だ、と言って、彼は笑う。
「……カイン、僕たちは、ずっと一緒だよね?」
 カインは答えない。
 しばらくの間の後、彼は兜を取った。そうして、僕をじっと見た。
 胸が痛くなる。
 カインは苦しげに笑っていた。見ている者の心を殺すような、堪らなく悲しい表情で立っていた。
 彼のこんな表情を、今まで見たことがなかった。
「……お前とは、ずっと一緒にいたいと思っている」
 兜を抱く手が震えているのが見えた。
 僕は息を飲み、「なら、一緒に帰ろう」と言った。
「でも……俺が望んでいるのは……」
「え?」
「お前の望むものとは、全く別の関係で……」
 彼の言う、その言葉の意味を理解しようとする。
 別の意味。僕の望むものとは別の意味。
 僕が彼に望むのは、一緒にいること、生きること、それだけだ。
 彼と共に生きていきたい。ただ、彼の笑顔や泣き顔、怒った顔、困った顔、色々な顔を見ていたい。
 ただ、彼の温もりを感じていたいんだ。
「カイン」
 じゃあ、カインは。彼は、僕に何を望むのだろう。
「カインは、僕のことが好き?」
 揺れる青い瞳。また、困った顔をする。
 彼の手を引いた。不意をつかれたのだろう、カインは僕の腕の中に転がり込んできた。僕より少し高い背の彼が、まるで小さい頃のように腕の中にいる。微かな既視感を覚え、胸の中に愛おしさが溢れた。
 僕は、君のことが好きだよ。
 君を思うとき、僕の心は穏やかになる。同時に、切なくて、狂おしい気持ちに襲われるんだ。
 抱く腕に力を込めると、カインの体が震えた。
「……そんなの……決まって、いるだろう…………」
 堪らない気分になって、頬に口づける。「わっ」と声をあげる形のいい唇を、そっと塞いだ。
 彼は抗わない。
 それは、彼からの無言の答えだった。


 End




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セシカイ