この少年を追いかけ始めてから、もう半年になる。
 銀色の髪と緑色の瞳が印象的な少年は、私がいつか滅ぼすことになる国の――――エブラーナの王子だった。





 彼を初めて見たのは、ゴルベーザ様に命じられてエブラーナを調査しに向かった時だった。
 淡い月明かりが降り注ぐバルコニーに、彼は居た。
 細い体を活かして軽やかに宙を飛び、二本の武器――普通の剣とは少し違っていた――を器用に振るっている。小さな頭が動くその度、短めに切り揃えられた銀の髪が眩しく輝いた。
 瞳は何色なのだろうと目を凝らして見てみれば、それは銀の髪によく合う緑色をしていた。
 小動物のようだ、と思う。音もなく地面に着地する彼を見て、その気持ちが強くなった。
「……誰だ?」
 張り詰めた声が降ってきた。見つからぬよう気配を殺していたのに、と驚く。先程までよりも気配を消すよう心がけながら、再度、彼の居る場所を見上げた。
 薄紫色をしたマントがはためいている。バルコニーから身を乗り出し、彼はこちらを見下ろしていた。
 細い腕を目にした瞬間、胸が跳ねた。魔物の血が騒ぐのを感じる。人間特有の甘いにおいが、鼻をくすぐった。あの腕に齧りつきたい、と思ってしまう。
――――あの少年は、どんな顔をして血を流すのだろう?
 いけない、とテレポを唱えた。
「て、てめぇ、待ちやがれ!」
 バルコニーから飛び降りて、少年は音もなく着地した。こちらに向かって駆けてくる。早く早く、とテレポを唱える。
 彼の手が私に伸ばされた瞬間、その姿は跡形もなく消え去っていた。本当に姿を消したのは、私の方なのだけれど。
 壁に背を預け、安堵の溜息をついた。
 先程駆け抜けた魔物の感覚が、まだ、血の中に残り駆け巡っているような気がした。

 その日から、私は少年の姿を追い始めた。
 表向きは、調査の為となっている。だが、真実は違っていた。
 私は、彼を見つめていたかったのだ。舞うように跳び武器を振るうその姿を、この目で確かめていたかった。
 彼の能力は低く幼いもので、また、その修業は決まって深夜に行われた。だから、本気で身を潜めてしまえば彼が私の姿に気付くことはない。
 能力も感情も何もかもが成長途中の彼の中に、私はある種憧れにも似た感情を抱いていた。彼は炎を扱うことに長けていて、炎を扱う魔物である私にとって、その事実はとても心地良いものだった。
 人間には伸び代がある。彼は人間達の中でも努力家で、そんな彼が成長していく姿を見ていることが私の生きがいになっていった。





『それ』が起こったのは、彼を見つめ始めてから半年ほど経ったある日のことだった。
「……あれっ?」
 素っ頓狂な声をあげて、少年は首を傾げた。「忍術が」と小さく呟いて、掌をじっと見つめている。
 どうやら、忍術が使えないらしい。
 不調というものは誰にでもある。だが、彼には他の者よりも不調の時間が多く在った。おそらく、感情の起伏が激しいせいなのだろう。
 きつく掌を握りしめて、彼は俯いてしまった。


 不調は何日も続き、終わりの見えない不調に彼は苦しんでいた。『一生このままなのかもしれない』という不安が、痩身を押し潰そうとしている。
 不幸なことに、彼の体からは炎のにおいが消え失せてしまっていた。もしかしたら、炎のにおいが戻らないまま彼は一生を終えてしまうかもしれない。
「何で……何でだよっ!」
 彼の眦に光るものが見えた。くるりと跳んでバルコニーを降り、山の方へ駆けて行く。相当動揺しているようだ。――――どうしようもない位、速い。
 山には、多くの魔物達がいる。術も使えぬ細腕の人間があれらに勝てるとは思えなかった。
「……全く」
 魔物達には私が話すしかないだろう。
 思い、山へ向かって歩き始めた。

 夜の山は鬱蒼としていた。虫が、魔物が、あちらこちらで音をたてている。歩く度、青臭さが鼻をついた。
 魔物達に『あの少年を襲うな』と命じたまでは良かったが、彼の姿は見つからない。
「本当に、全く……」 
 全く、年頃よりも子どもっぽい男だ。
 魔物に襲われる心配はもうない。ならばこのまま放っておいても問題はないだろうと、テレポを唱え、自室に戻ろうとする。
 その時だった。
 微かな悲鳴が、耳に飛び込んできた。
 愚かな魔物が、命令を無視して彼を襲ったのかもしれない。そう思い、声のする方へと向かっていく。音をたてれば魔物の気を荒立ててしまうかもしれないと、音を立てぬよう注意を払った。
 声は、大きな木の陰から聞こえてくる。だがそれはあの少年の声ではなかった。
 どういうことだ、とそっと覗き込む。
「…………でよ、犯るだけ犯って放置しちまえばいい」
「城の前に、だろう?」
 下品な笑い声が、辺りに響いた。少年は二人の男に見下される形で意識を失っている。薬品のにおいが辺りに漂っていた。どうやら、この薬品で眠らされたらしい。男達は、小さな声で会話を続けている。
 会話から察するに、男達はエブラーナを追放された者達らしい。罪を犯し、国から追い出され、いつか復讐してやろう、とこの山で何とか命を繋いできた。そんな男達の前に突然王子が現れ、復讐することができる絶好の機会だ、と彼らは考えたようだった。
 忍術を使うことが出来れば、この二人に負けることはなかっただろう。だが、今の少年は無力だった。
 眠らせて、犯して、半殺しにして、それから城門の前に放置する。
 それが、彼らの計画の全てだった。
 かちり。少年の手首の上で金属音が鳴った。木枷の錠がかけられた音だった。足首には鎖と重りがついた金属の輪が嵌められ、その姿はまさに囚人そのもので。
 ああ、この拘束具は男達が実際に着けられていたものなのだ、と今頃になって気がついた。
――――助けるべきだろうか? 魔物である私が、人間の王子を助けるのか?
 魔物に命じるまではまだ良かった。だが、ここで人間の手から王子を救うことには躊躇いがあった。
 忘れてはいけない。私は彼を殺すように命じられている魔物なのだ。
「ん……」
 少年が身動いだ。それを見た男達が、顔を見合わせ頷く。
 上半身の防具を取り去り、鋭いナイフで下衣を裂いた。
 少年は、大きめの服を身に着けていたらしい。服の下から現れたのは想像以上に細い脚だった。
 男達が、細い足を大きく開かせる。鎖が鳴り、どくん、と心臓が一際大きく脈打った。よく分からないどろりとした液体を少年の股間に垂らし、男達はまた、げらげらと下品に嘲笑った。
 これ以上、見ていたくない。
 ならば、ここから立ち去ればいい。
 だが、私の足は固まり瞳は開いたままだ。
 魔法にかかったかのように、この場から動けずにいる。
 無防備にさらされた胸元、力を失ってされるがままになっている脚。
 男の汚いモノが、狭い場所に押し当てられる。慣らしも何も無かった。
「……――――――あ……っ!?」
 突き挿れられた瞬間、少年は震えて瞼を開いた。状況を理解できず、緑の瞳をゆらゆらと揺らしている。男達が笑う。彼らは、獲物を見る魔物と同じ目をしていた。
「な……っ、あ、あぁっ!」
 結合した場所から濡れた音が響いた。逃れようともがくけれど、拘束され押さえつけられているこの状態で、逃れることなどできるはずがない。
 垂らされた液体の影響なのか、少年の体は男の性器を裂けずに受け入れていた。
「若様のここは淫乱ですね」
『若様』。男がわざとらしく放ったその言葉で、エブラーナの民だと気付いたらしい。少年は、力なく首を横に振った。
「お、おめぇら……エブラーナの……?」
「『元』ですよ、若様。私達は罪人です」
 言って、男は腰を動かした。少年は唇を噛み締め、男を睨みつけている。
「き……きったねえ手で俺に触るんじゃねえ!」
「…………黙れこのクソガキが!! ガキの分際で偉そうな口叩きやがって!」
 激高した男の口調が変わった。
 少年の頬を張り、無茶苦茶に突き挿れ、動かす。
「ああ、あっ!! うあ、あ、あぁ……っ」
 悲鳴にも似た声が、少年の口から零れ出た。
「てめえは単なる精液便所なんだよ! 生意気な口をきくなっ!」
 もう一人の男が少年の鼻を摘んだ。先端を唇に押し当て、にやにやと笑みを浮かべている。空気を求めて喘ぎ開かれた口に、太いモノが侵入していく。
「んんっ! んーっ! んうぅ……っ!」
 男のそれは大きく、少年の喉まで到達しているように見えた。あれでは噛むことも吐き出すこともできないに違いない。目を見開き、涎を垂らし、息をするだけで精一杯だ。
 物のように髪を掴んで頭を動かされ――――その姿はまるで人形のようだった。
 放っておけば、少年は死ぬ。私が手を下すまでもない。
 体を揺すぶられるその度、細い手首に木枷で擦られてできた赤い痕が増えていった。
 赤い傷。細かい傷。草に当たった肌が、少しずつ擦り切れていく。男達が、少年が踏んだ草が、青いにおいを漂わせる。
 見開かれた緑の瞳に、淡く光る月が映っていた。
 唇を犯していた男が動きを止め、震える。
「う、うぅ、う……ぐ…………っ!」 
「……全部飲んで下さいね、『若様』」
 喉に直接流し込まれている。体を微かに震わせて、少年は汚らしいそれを受け入れていた。
 白濁した糸を引きながら、唇からそれが抜け出た。ひゅうひゅうと喉で息をする少年の口は大きく開かれたままで、閉じようという意識は感じられなかった。
「や……やめ、もう…………やめろ……っ!」
 喉が掠れている。精液が喉に引っかかっているのだろう、何度も噎せ、荒い呼吸を繰り返す。僅かに残った抵抗を瞳に篭めて睨んでも、男達の嗜虐心を煽るだけだった。
「やめろ? ……馬鹿なことを言う奴だ!」
 楽しくて仕方がないという表情で、男は笑う。
「便所は便所らしく腰を振れ!」
「ひっ!!」
 尻を叩かれ、少年が硬直した。男の動きは速く切羽詰まったものになっていく。
 皮膚同士がぶつかり合う音が淫猥に響き、「いやだ」と少年はきつく瞼を閉じた。
「ひい、あぁ……あ…………」
 男の精液が、少年の腹をゆっくりと満たしていった。
 少年は、絶望を顔に塗りたくったような表情を浮かべている。


***


 魔物、が。
 赤い魔物が、木の陰からこちらを見下ろしている。
 罪人共は、あの魔物に気付いていない。
 俺は死ぬのだろうか。この馬鹿共と一緒に、魔物の胃の中へ押し込められちまうのだろうか。
 体が、動かない。あちこち痛くて腹の中も喉の奥もおかしくなっちまってて、視界はぼんやりとしていて、まるで自分の体じゃないみたいだった。
 俺は、男に犯されたのだ。自国の罪人に犯されたのだ。抗うことができなかった。せめて忍術が完璧に使える日であったなら、結果は違っていただろうに。
 罪人共は、楽しそうに何か話し合っている。

『犯す』『殺す』『放置する』『見せしめ』『俺達を罪人になんかするから』『追放したりするから』『腹が立つ』『あんな奴ら、王子を失って泣き叫べばいい』

 俺が聞いていないとでも思っているのか、それとも、俺が聞いていたところでどうでもいいと思っているのか。
 腹の中が気持ち悪い。ねちゃねちゃした精液が溢れ零れてくる。突っ込まれた場所は妙な痺れと痒みのようなものに襲われていて、おかしな薬を使われたのだということを俺に教えていた。
 赤い魔物と、目が合った。ああ、この魔物は見たことがある。確か、俺の目の前で突然消えちまった魔物だ。魔物の気配は、限りなくゼロに近かった。こんな時だというのに、その気配の消し方に感嘆する。
 魔物の金色の目は、ずっとずっと俺を見ている。ずっと、だ。
 男共の指が、その場所に挿し込まれた。
「ふ、あぁ、う……っ」
 揺らしたくなんかないのに、体が揺れた。狂った声が出てしまう。頭はおかしくなったままだ。魔物の瞳を凝視する。
 気のせいだろうか。その金の瞳が、怒りに染まっているように見えた。
 魔物の大きな手が、こちらに向かって伸びてくる。罪人二人の頭をむんずと掴んで、何かを唱え始めた。暴れても、頭の手が退くことはない。額に長い爪が突き刺さり、真っ赤な血が男の鼻の横をつうっと流れていく。
「……エッジ」 
 魔物の、何かを押し殺したような低い声。
 光が煌めき、罪人共の姿が消えて失くなった。


***


 名前を呼んでしまったら、戻れなくなるような気がしていた。だから、呼ばぬようにしていたのに。
 指先を舐めると、血の味が口の中いっぱいに広がった。
「…………おめぇは……あの時の、魔物……?」
 強い薬を使われたのだろう。近くで見てみると、彼の状態がよく分かった。
 まず、瞳の動きがおかしい。だらしなく投げ出された脚が震えていた。話すことも辛いだろう。なのに、彼は唇を動かして何か口にしようとする。
「……あ、あい、つら……は、死んだのか……?」
 あいつら、とは、あの男達のことか。『死んではいない』と首を横に振ると、エッジは「良かった」と顔を背けた。
「あいつら、は……俺が、始末する……俺の手、で、片を付ける……っ」
 自分の手で片を付けると言う彼が、何だか逞しく見えた。
 男達はテレポで飛ばしただけだ。少し遠い場所で生きているだろう。エッジが殺したいと思うなら、彼の望むようにすれば良い。けれど。
「……お前は忍術が使えなくなっているのだろう? これからどうするつもりだ」
 木枷に手を伸ばした。手首は真っ赤に擦り切れて、血を滲ませている。金具を摘んで力を込めると、それはいとも簡単に壊れてしまった。エッジは悔しげに唇を噛み締め、「どうしておめぇがその事を」と呟いた。
「私は、陰からお前の姿を見続けていた。……お前が、私の気配に気付けなかっただけだ」
 外れた木枷が草の上に落ちる。
 こちらを睨み、彼は腕を上げようとした。だがうまくいかないらしく、その腕は地面に落ちてしまう。
「俺、を……殺す、のか……?」
 死を覚悟している、というような、落ち着き払った悲しい声だった。
 私は彼をどうするつもりでいたのだろう。人間の手から救い、それから。それから、何をしようと考えていたのだろう。
 このまま逃せば、彼は彼らしく努力を重ねて生きていくことだろう。炎を使う力を失っても、風や水の術を使うことができるようになれば問題はない。
 ただ、この痩身から炎のにおいが完全に消え去ってしまうということが堪らなく嫌だった。
「あ……っ!」
 両手首を地面に縫い止める。暴れないようにするためではなく、傷を治癒するためだ。回復魔法を唱えながら、やわらかい頬に口づけを落とした。触れた体は想像していたものよりもずっと細く、ぞっとするほど脆そうだった。
 バルバリシアやメーガス三姉妹だって、見た目だけなら人間とそうは変わらない。だが、彼女達からここまで脆い印象を受けたことはなかった。
 人間の体とは、これ程までに脆く危ういものなのか。
 細い手首をそっと握りながら、緑の瞳を見下ろした。
「……顔から……喰うのか?」
 違う。喰うつもりなどない。――――ならば、私は何をするつもりでいるのか。何故、口づけなどという人間臭い行為をしてしまったのか。
 首筋に鼻を埋めると、甘く芳しい人間のにおいがした。このにおいの中に、炎のにおいが混じっていて欲しいと心から思った。
 今エッジのにおいの中に混じっているのは腐った男達のにおいで、その汚らしいにおいを嗅いでいると、腸が煮えくり返りそうだった。
――――――そうだ。こんなにおい、塗り潰してしまえばいい。
 足首を掴み、拘束を外した。胸につくほど膝を折り曲げ、自らのものを取り出した。
「……ば、馬鹿野郎……っ! 何やってんだよおめぇ……っ」
 エッジの顔が青ざめた。
「……んな馬鹿でかいもん、入るはずが……!」
 男が吐き出した白濁を垂らしているそこに、先端を押し付けた。ゆっくりと押し込んでいく。
「あ、あぁ、あ……」
 目を見開き、繋がった部分を凝視している。エッジの中は熱く、蕩けてしまいそうなほどやわらかくうねっていた。指先で乳首を撫でると、そこは更にきつく締まった。
「さ、さわ…………触るなぁ……っ!」
 彼の声と表情が淫らに歪む。乳首を刺激しながら揺さぶれば、一際大きな声があがった。
 弱い場所を探し、少しずつ追い詰めていく。
 深いところまで挿入し、ぎりぎりまで引き抜いて――――幾度も繰り返し、中にある微かに膨れた場所を思い切り擦った。
「うあぁっ! んん……っ」
 頬を真っ赤に染め、息を荒げ、眦に涙を滲ませている。もう一度中を擦ると、彼のペニスから透明の液体が滴った。
 開きっぱなしの唇から唾液が垂れる。
「あああ、あ、あぁっ、あ……、そこ、いや、ら、いや」
 甘い声と快感で、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「…………出すぞ」
 告げると、エッジはぶるぶると首を横に振った。



 エッジは、小さな寝息を立てながら眠っている。あどけない寝顔を見ていると、とんでもないことをしでかしてしまったという思いが強くなる。涙の跡が痛々しくて、眦をそっと拭った。
 彼の自室にテレポで侵入し、傷を治し、体を清めた。部屋に置いてあった服を着せれば、部屋を飛び出す前と変わらぬ彼の姿がそこにあった。
 違うのは、においだけだ。
 噎せ返るような炎のにおい。
 私は、何故あんなことをしてしまったのだろう。何故、彼に惹かれてしまうのだろう。
 エッジはあの罪人共を殺すだろうか。それから、私を殺しにやってくるのだろうか。
『エッジが私を殺しに来る』そう考えるだけで、甘美なものが体の中を流れていくような気がした。
「……エッジ」
 銀色の髪を、そっと撫でる。
 仰け反った首筋に牙を押し当てようとして、やめた。


 End


Story

ルビエジ