あの男――ルビカンテは、俺の両親を殺し、国を滅茶苦茶にした張本人だ。
俺は、両親と民達の仇をとるために、ルビカンテの首を狙っていた。
何度も何度も、俺はルビカンテに挑んだ。
そして、何度も敗北した。
分かっていた。俺の実力では、あの男に勝てるはずがないってことに。
そもそも、国一つを滅ぼしてしまうほどのモンスターなのだ。初めっから、勝負は見えていた。
それでも俺が奴に挑んだのは、やっぱり、皆の敵を討ちたいという思いを捨て切れなかったからだった。
だから、俺は再びルビカンテに挑んだ。
死んでもかまわない。
そう思って、挑んだんだ。
男に近づくだけで、喉が焼けつくような気がした。
ルビカンテは、燃えさかる炎を手に、微笑んでいた。
「……また、来たのか」
「いつでも相手になるって言ったのは、おめぇの方だろ」
洞窟内を、揺らめく炎が照らしている。
「この短期間に、私を倒す秘策が見つかったとでも?」
「そ、それは」
秘策などない。お見通しだったのだろう。男は目を細め、喉の奥で笑った。
「……自殺しに来たようなものだな」
頭に血が上った。
「やってみなけりゃ、分かんねえだろ!」
刀を振り上げ、地面を蹴った。ルビカンテの太い腕が迫ってくる。そこに、思い切り突き立てた。
肉を裂く、嫌な感触。見れば、男はまだ笑っていた。
「弱い者ほど、そうやってよく吠える。……図星だったのだろう?王子よ」
ルビカンテが、傷ついた腕に力を篭めるのが分かった。強靭な筋肉に阻まれ、刀を抜き去ることができなくなり、俺は舌打ちをした。刀から手を放すほかなくなってしまい、仕方なくそうする。
「感情を持つから弱くなる。感情のままに行動するから、死ぬ。感情など無意味なのだ」
腕から刀を抜きながら、ルビカンテは呟いた。
血が飛び散る。その赤さに、目が眩んだ。
俺の顔にも、赤が散る。
男は回復魔法を唱え、瞬間、何事もなかったかのように、傷口は塞がっていた。
俺は身震いした。ルビカンテは、攻撃力だけではなく、防御力にも長けているのだ。そして、白魔法にも。
このままでは、勝ち目はない。ルビカンテの言うとおり、感情のまま――激情のままに動いたが為に、俺は死ぬことになる。
それでも、目の前にいるこの男に挑みたいと思ってしまう。
俺はきっと、馬鹿なのだろう。俺は自嘲の笑みを浮かべた。
ルビカンテは、俺に攻撃を仕掛けてくる気がないらしく、血塗れの刀を手に、こちらを見下ろしている。
国の民のことを想うとき、俺の中で守りたい、という想いが芽生える。
逝ってしまった両親のことを想うとき、俺の中で、せめて二人を殺した張本人の命だけでも、という想いが芽生える。
そうだ、俺は間違っちゃいない。間違っているのは、ルビカンテの方だ。
想いは人を強くする。
ただ、俺が間違っていたことが一つだけあった。
感情は大切だけれど、ここで死んでは意味がない。
顔に飛んだ血を、腕でぐいと拭った。ルビカンテの手から、刀を掠め取る。
ぶん、と一振りすると、赤かった刀身が銀に戻った。
「……感情は無意味じゃねえ。守りたいものがあったから、俺は忍術を覚えた。刀や手裏剣のきつい修行に耐えられたのも、あいつらを守りたいと思ったからだ」
少しだけ、自らの内にある激情を抑えつける。
民達を守るためにも、ここで死ぬわけにはいかないのだ。
「だから、俺は死なねえ。おめぇを倒すために、強くなってやる。おめぇが“無意味”と言った、感情の力で」
ルビカンテが、俺の方に手を伸ばしてくる。すうっ、と、男の中から殺気が消えた。
思わず、肩の力を抜いてしまう。
顎を掬い上げられた。
「……では、私はその日まで待つとしよう」
俺の目線までしゃがみこみ、
「楽しみにしているぞ」
べろり、と俺の目元を舐めた。
絶句している俺を無視し、ルビカンテは立ち上がり、後ずさる。
「な……何すんだよっ!」
「…………血を舐めとっただけだ」
ルビカンテの体を、炎が覆い尽くした。ごうっという音と共に、一瞬で消え去ってしまう。
洞窟内は元の静けさを取り戻し、俺は目元に手をやったまま、しばらくの間立ち尽くしていた。
End