夜が怖い。
 眠るのが、怖い。
 だから、俺は睡魔に抵抗する。無駄なことだと知りつつも、抵抗せずにはいられない。
 眠気が、優しく目蓋を撫でていく。抗う術もなく、俺は床に倒れ込む。
 全てが暗転し、暗闇の中に取り残された。



 いつの頃からだろう。俺は、毎晩夢を見るようになった。
 夢の中には誰かがいて、初めは、それが男なのか女なのかも分からなかった。
「……あ」
 今夜は縄か、と俺は思う。
 夢の中で、俺は必ずどこかを拘束されている。
 一昨日は手錠で足首を。昨日は布で膝を。そして、今夜は縄で手首を。
 格好はといえば、普段着ている服と何ら変わりはない。
 真っ暗闇の中、あるのは拘束されている俺と、誰かの息遣いだけだった。
 はあ、はあ。
 湿った呼気が、耳朶を撫でる。背を震わせながらも逃げようと必死になったものの、両足首を掴まれてしまえば、それも叶わなかった。
 相手は男だということは辛うじて分かるものの、何故か霞みがかっていて、顔かたちは全く分からない。
 胸を這う指先。それは太くて大きくて、まるで熱の塊のように熱い。
 触れられた場所から、欲望が流れ込んでくるみたいだった。
 はあ、はあ。
 胸当てを外された。
 乳首を摘まれ、撫でられる。捏ねくりまわされて、思わず腰を浮かせてしまう。
 最初は、胸で感じることなんてなかった。毎晩毎晩触れられているうちに、快楽を得る体になったしまったらしかった。
「ひ……っ!」
 ねだるみたいに上げた腰に、男の手が触れた。布越しに、握られる。やわやわと撫でさすられたあと、一気に下着と下衣を引きずり下ろされた。
 すっかり屹立したものが現れ、それはすでに先走りでべたべたになっていたから、俺は泣き出したい気持ちに襲われてしまう。
 例え夢の中でとはいえ、何だか分からねえやつに体をいいようにされて感じるだなんて、情けなくて堪らない。
「……や、やめろっ!」
 先走りが垂れた場所に、男の指が触れる。
 襞をひろげるように丁寧に撫でられ、最終的には三本の指を含まされていた。
 人間にしては太すぎる指をずっぽりと飲み込んでいる自らの肛門を見て、俺は息を飲んだ。
 ――人間にしては太すぎる指?
 一瞬、大切な何かが頭を過ったような気がした。考えなければいけないと思うのだけれど、この状況で考えられるはずもなく。
「あ、あ……っ、うあああぁっ!」
 焼けた杭を打ち込まれたような感覚に、俺は仰け反るほかなかった。



「ひ、あぁっ、あっ……う、うぅっ」
 肉のぶつかり合う音が聞こえる。ふう、ふう、という男の息遣いが聞こえる。
 額を床に擦りつけながら、俺は耳を塞ぎたくなる。
「……そこ、だめだ、やめ……っ」
 もう、何度イッたかも分からない。体位や角度を変えながら、男は俺の中に精液を吐き出す。俺は足掻きながら、だらだら涎を垂らし、やめてくれと懇願する。
 死んでしまう。頭がおかしくなってしまう。
 どうして、俺はこの男に犯されなければならないんだ。なあ、お前は一体誰なんだ。
 獣のような体勢から仰向けにされ、大きく足を開かされる。尻から、精液が粟立って垂れているのが見える。男のペニスに掻き混ぜられたそれは抜き挿しをスムーズにし、俺の頭を更におかしくさせていった。
 気持ち良すぎて、何もかもがぐちゃぐちゃになりそうだ。
 男の胸に縋りつく。こうしていないと、心と体がばらばらになってしまいそうで。
 じゅぷじゅぷという卑猥な音が間断なく響き、徐々にその速度を増してくる。
 俺の胸は期待に震えた。早く出してほしかった。中に出される瞬間が、一番気持ち良い。俺はそれを知っていた。
「……はや、く、はやく…………っ!」
 ねだるように腰を振った。気持ちいい。まだ足りない。早く早く早く。
「ひぃ、あぁっ……!」
 俺の上で、男がぶるぶると震えた。腹の中に注がれる液体は大量だ。
 瞬間、目蓋の裏がちかちかと瞬いた。
「はぁ、ああ、あぁ……!」
 強く目蓋を閉じ、射精する。
 ゆっくりと目蓋を上げる。ぼやけていた男の顔が、はっきりとしたものとなっていく。
「……そんな」
 喘ぎすぎて掠れた声で、口にした。


***


 冷たい、床の感触。窓の外に視線をやる。微かな朝の気配を感じた。
 ああ、やっと、あの悪夢から逃れることができた。
 そう、あれは夢なんだ。あの野郎が俺を犯すなんて、そんなこと、ある訳がない。
 火照った頭を冷ましたい。
 おかしな頭を、正常なものに戻したい。
 立ち上がり、ぶるりと頭を振った。途端、嫌な感覚が下肢を滑り落ちる。よろめいて、両手を机につく。両手首に、くっきりと縄の痕がついていた。
 漂う、青臭いにおい。夢の中で、嫌というほど嗅いだにおいだ。
 男に出された精液が、中から零れ出している。
 どうして。
 あれは夢ではなくて、現実だったのか?思考が停止したまま、風呂へ向かおうとする。
 こんなのはおかしい。これは気のせいなんだ。
 不意に、髪を掴まれた。
「…………!」
 引きずりまわされるようにして、ベッドに突き飛ばされる。うつ伏せのまま、俺は固まってしまった。
 振り向くのが怖い。
 背後にいるのが誰なのか、俺は知っている。
 懐を探り、苦無を取り出す。身を起こし、相手に切っ先を向けた。
「…………ルビカンテ……ッ!」
 見上げれば、男の瞳が月光に照らされ、輝いていた。
 これは何者なんだ。本物のルビカンテなのか、それとも偽物なのか。
 飛びついて喉を掻き切ってやろうと思い立ち上がった瞬間、全身の血が沸騰したみたいに、体中が熱くなった。
 力が入らず、へたりこんでしまう。苦無を握って後ずさるのがやっとだった。魔法や術の類ではない、どろどろした見えない何かが、俺の体を弛緩させていた。
「……てめ、何……しやがった……」
 声を殺しながら問う。
 ルビカンテが本気を出したら、復興中のこの城なんてひとたまりもない。爺や兵士達に、見つかるわけにはいかなかった。
 男は何も言わず、ベッドの上に手を置く。ぎい、ベッドが悲鳴をあげる。夢の中の光景を思い出し、俺は首を横に振った。
「ゴルベーザもゼムスも、もういない。おめぇを縛るもんは何もねえ筈だ。……何で、ここにいる?おめぇは死んだんじゃなかったのか」
 この手で殺した筈だった。そう、あの時、止めを刺したのは俺だった。
 胸を貫いた瞬間、あろうことか、ルビカンテは笑いやがった。嬉しくて堪らないという表情で、俺を見つめていた。太陽の色をした瞳の奥に、喜びと欲望と執着が透けて見えていた。
 そうだ、あの時、俺は気づいたんだ。
 おめぇが、俺を欲しがっていたってことに。
「……おめぇを縛ってんのは、この俺か……」
 ゴルベーザもゼムスも、もういない。ルビカンテをこの世に縛りつけているのは、俺への気持ちなのか。
 モンスターとしての本能を押し潰して生きてきた男は、死んでからその本能を爆発させたらしい。
 悟った俺は、「この、むっつりスケベ」笑いながら言ってやった。「変態、馬鹿、巨根」。
 どうしたら、この状態から逃れられるのだろう。
 相変わらず、体を上手く動かすことはできない。媚薬を注ぎ込まれたかのように、熱くてだるい。
 この際、こいつの気が済むまで抱かれてやろうか。
 などと考えているうちに、押し倒され、口づけられていた。
「んん……う、ぅ……ん……」
 熱い舌が、口の中を掻きまわす。俺の舌を絡め取り、唾液を流し込んでくる。“私のものになれ”と言わんばかりだ。
 喘ぎながらそれを飲み込んで、ルビカンテの首に手を回す。
 一度だけでもいい、逃げようとせずに受け入れてやれば、ルビカンテは二度と姿を見せなくなるかもしれない。
 そういえば、この男の顔をこんなに近くで見るのは、これが初めてだ。夢の中では口づけ合ったこともなかったし、何より、顔を見ることも出来なかったから。
 唇を離し、ルビカンテは首筋に口づけてくる。服をたくし上げた後は臍、それから下腹部だった。
 下衣を下げられ、口に含まれる。同時に、後ろに指を突き立てられた。
 ぬちゅ、濡れた音。
 俺のそこは、ルビカンテの精液でどろどろだった。
「あっ!」
 思わず大声を出してしまい、口を自らの両手で塞ぐ。
 前後同時に与えられる快楽は、想像以上のものだった。一瞬、自分を見失ってしまいそうになる。
「やめろ、もういい……っ、突っ込むならさっさと突っ込め」
 俺の言葉に反応したのか、ルビカンテは身を起こして俺を抱き上げた。それから、胡坐をかいてその上に俺を跨らせ、尻たぶを割り開いた。
 凶器と言ってもいいくらいでっけえもんが、尻に当たる。濡れた現実的な感覚に、俺は怯え、震えた。夢の中以上に淫猥な感覚だった。
 俺をくれてやれば、本当にこいつはいなくなるんだろうか。試してみなければ分からないけれど、試すのが少し怖い。
 ルビカンテは何も言わないから、何一つ、憶測の域を出ないままだ。
 押し当てられた猛りが、少しずつ入ってくる。声を出したくなくて、男の首に噛みついた。口の中に広がる血の味。刀の錆のにおい。
 傷口を舐め、自ら腰を落とせば、快感が背筋を走り抜けた。
「……ああぁ、あ……っ」
 抱きしめられ、押さえこまれる。シーツに横たえられ、片足を大きく持ち上げられた。
「何で、こ……んな、体勢…………ひ……っ!」
 目の前にあったクッションを掴み、顔を埋め、この声が誰にも気づかれませんようにと祈る。
 快楽の波に飲み込まれ、意識がなくなるまで喘ぎ続けた。


***


 誰かが、俺の頭を撫でている。優しく、甘く。
 けれど、どうしてだろう。こんなに優しい手つきなのに、何故か悲しくて堪らない。
 哀しくて暗い靄が、俺の心に流れてくる。これは、撫でている者の感情なのか。
 目蓋を開くと、ルビカンテがこちらを覗き込んでいた。
「ルビ……カンテ……」
 今にも泣き出しそうな顔をして、俺を見つめている。
 きっちりと服を着せられていることやシーツを肩まで掛けられていることから、ルビカンテの意識が正常なものに戻ったということが分かった。
「ルビカンテ……おめぇ……俺に惚れてんのか?」
 撫でる手を止めて、ルビカンテは寂しそうに笑った。それから、「ああ」と頷いた。
「私は、お前のことを調べているうちに、お前の人柄に惹かれていったんだ…………。お前の表情や、自国の民への姿勢、その一つ一つにな」
 聞いている方が辛くなるような声で、
「……お前を力づくでものにせぬよう、理性で想いを閉じ込めておくのが精一杯だった。それも……生きている間しか効果がなかったようだが」
 痛々しい声に、胸が苦しくなる。
「エッジ。本当に、すまなかった。もう、二度とお前の前には現れな……い……」
 ルビカンテの言葉が急に止まった。
 きっと、俺が泣いているせいだろう。
「どうして泣いているんだ、エッジ」
「おめぇがよ、今にも泣きそうなくせして泣かないから、だから、俺がかわりに泣いてやってるんだよ……っ!」
「エッジ」
「二度と近づくななんて、そんなこと、言えねえよ。言えるわけねえだろ……!」
 おめぇにそんな顔を見せられたら、何も言えなくなっちまう。
 ルビカンテは、困り果てたような顔をして俺を見ていた。
「……お前は気づいていないだろうが…………お前のそういうところに、私は惹かれたんだ」
 光が散るみたいに、ルビカンテの体が霧散する。
 山吹色の光が、きらきらと宙を舞った。
 ふわふわ、と光の中から声が響いてくる。

“お前が命を全うするまで、その体を守らせてほしい”

 両掌で顔を覆う。
「――――ばーか。ほんっと馬鹿真面目なやつ!」
 それじゃあまるで、求婚の言葉みたいじゃねえか。



End


Story

ルビエジ