月に一度、エッジは決まってまぼろしを見た。
 それは、何もない平原の上であったり、城の廊下であったり、森のなかであったりした。他国にいようが夜であろうが昼であろうがそれは同じだった。
 エッジは、毎月決まった日に――――あの魔物のまぼろしを見るのだった。
 最初は、『生きていたのか』と思った。思い、そのまぼろしを追いかけた。それがまぼろしだと気づいたのは、まぼろしと出会って三度目のことだった。まぼろしは、エッジとすれ違いどこかへ行ってしまったのだった。
 毎月、何を言うでもなくまぼろしはただ佇んでいる。
 毎月、同じ日。エッジがルビカンテにとどめを刺した日と、同じ日付の日に。
「……どうして」
 びしょぬれになった体を引きずりながら、エッジは空を仰ぎ見た。顔に雨が降り注ぎ、目を開けているのが困難になる。
 だが、それでも良かった。それで良かった。冷たい雨は、馬鹿になった思考を冷やしてくれる。口元の布をぐいと下げ、「どうして」とまた呟いた。
 どうして、毎月まぼろしを追ってしまうのだろう。まぼろしだと分かっていながら、見つめ、胸を高鳴らせてしまうのだろう。あの魔物はもうどこにもいやしないのに。もう、二度と出会えないのに。
(俺が、この手で殺したのに)
 殺したことを、後悔しているのだろうか。目を細めながら、エッジは目の前のまぼろしをじいと見つめた。
 高い背、太い腕、長い爪。どこをとっても異形であるその姿に、懐かしさを覚える。
 あの戦いから、もうどれくらいの時が経過したのか。
 まぼろしに手を伸ばしかけて、エッジはそっと苦笑した。
 自分は、この異形の体に触れてみたかったのだろうか。刀でなく、この手で直接そのぬくもりを確かめたいと、そう思っていたのだろうか。
 まぼろしは、どこか哀しげな表情をしていた。きゅう、と胸が軋む。その軋みの理由の答えをエッジは持っていない。自分で自分が分からなかった。
 この魔物とは、別の形で出会ってみたかった。殺しあう関係でなければ良かった。
 そうしたら、きっともっと違う関係を築けただろう。きっと、もっと色々な話をすることだってできただろう。
 そうだ、もっと、話をしてみたかった。
 激情をはらまぬ会話を、敵同士という壁のない状態での会話を、単なる男同士での会話をしてみたかったのだ。
「……ルビカンテ」
 まぼろしに向かって名を呼ぶのは初めてのことだった。
 伸ばした手で、まぼろしの手に触れた。まぼろしはひやりと冷たく、『触れることができた』という事実にエッジは目を見張った。
「ルビ、カンテ」
 繋いだ手。もう一度名を呼ぶ。魔物は微笑んでいた。心臓がはねる。満足したかのように、その姿がすうと消えていく。

 エッジが望んで見たまぼろしなのか、ルビカンテがまぼろしになることを望んだのか。どちらなのかはわからない。
 ただその後、そのまぼろしが現れることは二度となかった。



End


Story

ルビエジ