『ちょっと、酒場へ出かけてくる』

 そう言って宿から一人出て行った男は、帰って来た時血にまみれていた。
 既に時間は深夜。
 俺以外は皆眠りについた後のことだった。

 今夜は皆、訪れた平和に喜び合った。
 そうして騒ぎ疲れた仲間達とミシディアの人々は、静かに寝静まった。
 彼を、残して。

 窓からの月明かりに照らされた横顔が、赤黒く血で汚れている。彼の血でないのは、臭いで分かった。酷く獣臭いのだ。
 鎧も兜も着けずに…得物の槍さえ持たないで、どこへ行っていたんだ。訊こうとするのに、あまりに異様な彼の様相に何も口にすることが出来ない。
 いや、訊かなくても大体の見当はついている。
 この男はいつもこうなのだ。
 特に、月の綺麗な晩には。
「……何だ王子様、起きていたのか」
 青い瞳がこちらを向いた。
 金糸が乱れて額に張り付いている様が見える。長い毛先が赤く染まっていた。
 元は白い筈のシャツも真っ赤だ。
「おめぇ、どこで、何してた」
 漸くそれだけ吐き出した。
「何って。適当にモンスターとやりあってきただけだ」
 嘘だ、と思った。
 単にモンスターと戦っただけなら、ここまで体が血に染まることはない。カインの戦い方はいつも鮮やかで、殆んど返り血を浴びることがないからだ。
「わざと惨たらしく殺してきたんだろ?」
 問えば、彼は笑って答えた。
「まあそんなところだ」
「…武器はどこで調達した?」
「おいおい、質問責めだな。武器はそこの酒場で貰ったんだよ」
「貰った?」
「ああ。酔っぱらいのを一発口で抜いてやったんだ。そうしたら剣をくれた。そこらに捨ててきたけどな」
 乾いた音が部屋に響く。反射的に頬を張っていた。
 一瞬驚きの色を見せたカインの顔が、微笑みを湛える。
「…お前が怒る意味がさっぱり分からない」
 カインの頬に触れたエッジの掌が、べったりと血に濡れた。
「本当に分からねえのか、この馬鹿!」
「…大きい声を出すと、隣の部屋に聞こえるぞ」
「てめぇ…っ」
 隣の部屋ではセシル達が眠っている。こんな姿のカインを見せることは避けたかった。
「俺の体だ。どういう風に使おうと、お前に文句を言われる筋合いはない」
 かちりと音がしそうなほど、視線が絡み合った。
 金色の睫毛は数回震え、それを彩るようにまなじりには朱が浮いている。
 カインが、肩口に頭を預けてくる。鉄臭さが鼻をついた。背を壁に押し付けられる。
 首筋に口付けられ、服をたくし上げられ、気付けば下肢は外気に晒されていた。
「…抱いてくれ。血の臭いのせいで、さっきから勃ちっぱなしなんだ」
 上目遣いでそう告げられ、ゾクゾクと背に電流が走る。
 見せつけるように舌が茎に這わされる。信じられないことにもうそれは猛り始めていて、じゅるじゅると音をたてて口に含まれた途端、最大まで勃起していた。
「やめろ…」
 愉悦を逃す為に、首を振った。
 言葉を無視して吸い上げられる。
「何でいつも、こんなことをしやがる」
 ちろちろと舌を使っていたカインが、一旦口を離す。
「…血の臭いの中でセックスしなきゃ、気が済まないんだ」

 そして、こんなおかしなことに付き合ってくれるのはお前だけなのさ。

 カインは自らのものに手淫を施しながら、こちらのものを舐めしゃぶっている。鼻から抜けるような息遣い、熱い眼差し。
 何もかもが、あまりにいやらしかった。
「もう出る…口を、離せ…っ」
 出し入れは止まらない。裏筋を擦る舌が、慣れた手管で射精を促した。
 尿道口をこじられ、目の前が真っ白になる。カインが目だけで笑う。嗜虐の念が込み上げて、思わず彼の頭を鷲掴み、こちら側へ引き寄せた。
 喉の奥の柔らかい場所が、先端に当たる。構わず頭を固定した。
「ん…っむ、う……っ」
 苦しむ声をあげる喉の奥に直接流し込む。
 カインの体が震え、パタパタと彼の雄からも精液が滴った。
 口を犯していた猛りを引き抜く。浅ましいことに、それはまだ萎えていなかった。
 咽ていたカインは、しばらくすると床を弄り始めた。
「…んっ」
 カインは足を大きく開くと、床に落ちた精液を指先で掬い、自らの秘部に擦り付け、
「…入れろ」
と笑った。
「絞りつくしてやるから」

 狂ってやがる。こいつは頭がおかしい。

 初めて出会った時はこんな男ではなかった。確かにどこか危うい所はあったが、不器用だが優しい、戦闘能力に長けた男だった筈だ。
 それがどうだ。
 封印の洞窟で裏切り、帰ってきた時にはすっかり変わってしまっていた。
 『セシル達には言えない』と、血塗れで泣くようになった。
 『理由を聞かずに、抱いてくれ』と懇願してくるようになった。
 何故だろう、抗えなかった。
 彼の愛撫が巧かったからかもしれない。泣く彼に同情したからかもしれない。

(違う…たまに見せるこいつの笑顔が好きで、俺は)

 思いを振り切るように、手荒く両足首を掴み、突き立てる。柔らかで温かい内壁が、誘うように蠢いた。
「あ、あ……っ」
 カインが恍惚とした表情で仰け反る。
「声でけえんだよ…」
 口に巻いていた布を外し、彼の口腔に押し込む。血が染みたシャツの裾を裂くと、その切れ端で目を覆った。
 何をする、と言わんばかりにカインの足がばたついたが、
「大人しくしてろ」
 と一喝すると直ぐに抵抗が止んだ。

 深く深く挿し入れる。
 内壁を擦りながらゆっくりと抜く。
 もう一度根元まで入れ、引き抜く。

 遅い動作を何度も繰り返すうちに、焦れたカインの口からすすり泣く声が洩れだした。
 ひゅ、ひゅ、と喉の鳴る音がする。目隠しに涙が滲んでいる。
「もっと早く動いて欲しいのか?」
 緩慢な動きでカインが頷いた。床板に爪をたてたのだろう、木を掻く音が響く。
 指先が微かに震えている。その手を床に押さえつけた。
「動いて欲しいなら、ちゃんと答えろ」
 唾液にまみれた布を、口から取り出す。銀色の糸が引いたそれを床に放った。
「…お前の心を支配しているのは誰だ」
 カインはゆるゆると首を横に振る。
 赤くなった耳朶を食んでから、耳元で囁いた。
「…………お前の胸の中にいるのは、あの黒い甲冑の男なんだろ?」
 途端、ぎちぎちと中が締まった。急な締め付けに、ちっと舌打ちする。
 思い出すだけで感じるのか。思わずそんな言葉が口をついて出そうになった。
「背の高い、お前を操っていた奴だよ。目の色は……あー、見たことねぇから知らねぇけど」
 カインの唇が躊躇して震え、言葉を吐き出した。
「…紫だ」
「え?」
「…瞳の色は、紫だ……」
 切なげな声。彼は目隠しの向こうにあの男を見ているのだろう。
 自分で尋ねておきながら、胸が痛くてたまらなかった。
「…動くぞ」
 背を掻き抱いて激しく突く。
 体は快楽を感じているだろうに、心は痛みを訴えてくる。カインの悲しみや切なさが胸に流れ込んでくる。
 欲望を吐き出す瞬間、殊更強く唇を犯した。
 こうすれば、カインが紡ぐあの男の名前を聞かないで済むだろう、そう思った。


 洗脳は解けたのに、カインはあの男を忘れられずにいる。
 口を離して「モンスターの血を浴びるのは何故だ」と問えば、「初めてあの人に抱かれたときも、自分は血塗れだったからだ」と返ってきた。

 お前はこれからもあの男の影を、欠片を、追い求めて生きていくのか。
 あの男が、お前のことを見る日はもう二度と来ないのに。

 目隠しを取り去ると、潤んだ目が現れた。
 瞳が彷徨う。行き着く先は月だ。窓から覗く月を、濡れた瞳で見つめ続ける。

 手を伸ばしても届かない。

(どうしてこんな悲しい表情のカインを残して行けたんだ)

(ゴルベーザ)

 自分は今後、エブラーナの再建を目指す。パーティを解散すれば、もうこうして抱いてやることも出来なくなる。
 セシル達も各々、未来へと足を進めていくだろう。
 …では、カインはこれからどう生きていくつもりなんだろう。

「カイン、俺じゃ駄目か」
 カインが弾かれたようにこちらを見た。
「こんな状態のおめぇを一人にしておけねぇ。俺と一緒にエブラーナに…帰ろう」
 ふにゃ、と子供じみたあどけない表情でカインが微笑む。
「今まで、こんなことに付き合わせてすまなかった。…礼を言う」
「カイン!」
「ありがとう…」
 月に向けて伸ばされていた手が、エッジの髪を撫でた。
「お前がいてくれて、良かった」

 カインの言葉に、涙が溢れ出した。
 涙を拭う指先は優しく慈しむようで、余計に止めることができなくなる。
「カイン……ッ」
 彼の頬に涙が滴る。


 愛している。


 結局最後までその言葉は言えないままだった。
 だって、いい答えが返ってこないことを、俺は知っていたから。




End


Story

エジカイ