(俺と同じ、王子……)
目の前にいる、まるで女性のような男からエッジは目が離せない。
ベッドに腰かけているギルバートを見つめながら、エッジは「ふうん」と感嘆の声を漏らした。
パーティがトロイアに立ち寄ったのは、ギルバートを見舞うためだ。
快調に向かってはいるものの、ギルバートはまだ安静にしている必要があった。
「ギルバート、彼がエドワード=ジェラルダイン。エブラーナの王子だよ」
にっこりと微笑みながら、セシルはエッジを紹介した。何だかこっぱずかしくなってしまい、「エッジでいい」とつっけんどんに返す。
「……僕はダムシアンのギルバート。よろしくね、エッジ」
ぞく、とエッジの背に何かが走る。
美しい声だった。
何だか、別の生き物みたいだ。エッジはそう思った。
白い指先、ふわふわの髪。何より、持っている空気が違う。
(もしかして、これが本当の“王子様”ってやつなのかもしれねえな……)
思っていたら、唐突にギルバートの髪に触れていた。
「ひ……っ!?」
「もう、エッジったら!いきなり何してるの?」
またおかしなことして、とリディアが笑う。肩を竦めてエッジを見上げながら、ギルバートはぱちぱちと数回瞬きしていた。
「……僕の髪、どうかした?」
「いや、別に……」
単に触れてみたかっただけなのだ、とは言い辛くて、エッジは口篭る。
一瞬だけ触れた蜂蜜色の髪は、想像以上にふわふわで柔らかだった。
触れたことで、更に興味が湧いてくる。エッジはギルバートの瞳をまじまじと見つめた。
自分と同じ王子で、国に攻め込まれ、父と母を亡くし――――。
「なあ。飯の後、またこの部屋に来てもいいか?」
***
食事もそこそこに、エッジは宿を飛び出した。
理由は勿論、ギルバートに会うためだ。
コンコン、と扉をノックすると、はい、という声が返ってきた。開けていいよ、とも。
エッジが扉を開けると、ギルバートはベッドサイドに本を片付けているところだった。きょろきょろと見渡してから、エッジは部屋の隅に置いてあった椅子を引っ張りだしてきて、それに腰掛けた。
「……それで、僕に何の用?」
優しい笑みと共に、問いが降ってくる。
正直、これといった用はない。エッジは照れ笑いを浮かべながら、「実は、ねえんだ。ただ、話をしてみたかっただけで」と正直に言った。
ギルバートは目を丸くし、「……僕が君と同じ境遇だから?」逡巡してから呟いた。
「……ああ」
沈黙が部屋を支配する。
口元の布を下ろし、目を伏せたギルバートの顔を覗き込み、エッジはニッと歯を見せる。
「外に行かねえか?」
「え?」
「今夜は、星も月も綺麗だぜ」
「でも、あまり歩いてはいけないと言われているから……」
「俺がおめぇを背負う。それでどうだ?」
言うなり、ギルバートの前に背をさらす。
ギルバートの戸惑いを背で感じながら、エッジは目蓋を閉じた。瞬間、滑らかな何かが首筋に触れる。心臓が大きく鳴った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
白い手が、エッジの首に絡んでいた。
「あの星は赤いんだな」
「……あれは青いね」
「あっちにある青い星とこっちの赤い星、それからあれとあれを繋げたら、まるでハートみてえだ」
「あ、本当だ」
城で一番高い場所から、二人、空を見上げる。小さな星々を指さし、遠い場所を眺めた。
ギルバートからは、甘い花のような香りと、少しだけ薬の匂いがした。
「寒くねえか?」
風を感じ、エッジは問う。
「そう……だね。少し寒いかな。上着を取ってこなくちゃいけない」
「あー、取りに行かなくてもいい。これでも羽織ってな」
と、マントを脱いで、ギルバートの肩にかけた。
「ありがとう」
それから、二人で色々な話をした。
故郷の話、父の話、母の話。
哀しい話はせず、楽しい話だけをする。
そうして恋人の女性の名を口にする時、ギルバートは夢見るような表情を浮かべた。
それは本当に幸せそうな表情で、だからこそ、エッジの胸は痛くなる。
「そんな、悲しそうな顔をしないでよ」
自覚はなかったが、悟られるような顔をしていたらしい。ギルバートは苦笑した。
「……彼女と出会わなければ良かったのかな……って、考えたことはあるよ。彼女と出会わなければ、傷つくこともなかった。こんな想いをすることもなかったのにって」
俯き、マントを胸元まで手繰り寄せ、
「それでもね、近頃は、“やっぱり出会えて良かった”って思えるようになったんだ。彼女には、悲しみよりももっと素晴らしいことを沢山貰った。今は辛いけれど、彼女の傍にいたあのとき、僕は確かに幸せだった」
エッジは静かに頷き、ギルバートの肩を抱いた。ふわふわの頭を抱え込むようにして、そうっと抱き寄せる。
ギルバートの目元には、涙が浮かんでいた。
「おめぇの彼女も、きっと幸せだったんじゃねえの。だから泣くなよ。な?」
「……ご、ごめ……」
(悲しみよりももっと素晴らしいこと……)
確かめるように、エッジは心の中でその言葉を反芻した。
ギルバートの涙を止めてやりたくて、肩にやった手をそのままに、冗談っぽく呟く。
「何か、悲しみを止める薬とかねえもんかな。おめぇ、薬に詳しいんだろ?」
それを聞いて、ギルバートはくすくすと笑った。
「それは難しいなあ……うーん。あるとしたら、そうだな――――」
薄い緑色をした瞳が、エッジを射抜いた。これ以上はないくらいの笑顔だ。
「こうやって笑っていることが、何よりの薬になるのかもしれない」
ギルバートの笑顔に呼応するように、エッジも満面の笑みを浮かべた。
End