「いいかげんにしろっ!」
鬼の形相で、カインとエッジは同時に叫んだ。
「俺達は、おめぇらのペットじゃねえぞ!」
「この男の言う通りだ!可愛いだの可愛くないだの、訳の分からない会話はやめろ!」
怒鳴り付けられたゴルベーザとルビカンテが、呆然とした面持ちで顔を見合わせる。
顔を真っ赤にして怒る二人の姿があまりにも可愛かったので、ゴルベーザとルビカンテは吹き出してしまった。
「……その姿で言われても、迫力がないぞ」
ゴルベーザの言う通り、ミニマムをかけられて手のひらサイズになってしまったカインとエッジが大声をあげたところで、単に可愛らしさが増すだけなのだった。
***
時間は少し遡る。
ミストに落ちていた竜騎士に一目惚れしたゴルベーザは、「これを私のものにしよう!」と、嬉々としてゾットに竜騎士を持ち帰った。
それとほぼ同時刻、ルビカンテは、きゃんきゃんとよく吠える忍者に出会った。
自信満々で挑んできたものの、かえんりゅう一発で地面に沈み込んでしまい、そのまま放置しておくのも気が引けて、ゾットに連れ帰ったのだった。
「……可愛いな」
幼さを残す寝顔を見つめながら、ゴルベーザは呟いた。
金色の長い髪は絹糸のように美しく、肌も驚くほど綺麗だ。指先にある爪は桜貝のような色をしていて、何より、バランスのとれた体のラインに目を奪われた。
目を覚ましたら、きっと彼は槍を振るって自分に向かってくるだろう。それは困るな、とゴルベーザは思った。
さて、どうしたものか。
そうしてしばらくの間ベッドに腰掛けて悩んでいると、唐突に扉が開かれた。
「ゴルベーザ様!一つお願いがありまして……って。その人間は一体……」
部屋に飛び込んできたルビカンテの腕には、気を失っている銀髪の青年の姿があった。
ルビカンテの問いに、ゴルベーザは答える。
「気に入ったから、拾って帰ってきたのだ」
「子猫を拾ってきたかのような言い方ですね……」
「お前こそ何だ。その人間は」
「……ちょっと訳ありで、連れ帰ることになりまして……それでですね、しばらくこの塔に置かせてもらいたいのです」
ルビカンテは、腕の中の小さな存在をぎゅっと抱きしめた。
自分に牙を剥いてかかってきた姿や、少年のような瞳でこちらを見上げてきた、あの表情を忘れることができない。
やわらかい銀髪、思っていたよりも長い睫毛。野生の獣のような体つきをした青年を、手放したくないとルビカンテは思った。
「お前好みの人間だな」
痛いところを突かれて、ルビカンテは盛大に吹き出した。
「ゴルベーザ様こそ!その人間は、物凄く好きなタイプの人間なのではありませんか」
嫌な沈黙が訪れた。互いに図星だった。
とどのつまり、二人は「この人間が欲しい」という気持ちでいっぱいだった。
「……目覚めたら、逃げ出そうとするでしょうね」
どちらも、と付け加えて、ルビカンテは呟いた。
「……繋いでおくか?」
「いや、それは流石に可哀想です……」
「洗脳漬け?」
「いやそれもどうかと……」
「スリプルかけっぱなしという方法もある」
「……ち、力業ですね……しかしそれでは単なる眠り人形です」
「ならどうする」
「ミニマムをかけてから、高いところに居させてはどうでしょうか。食費も浮きますし」
「うむ、名案だな」
ゴルベーザは頷き、そしてそれは決行された。
「可愛いな」
「可愛いですね」
「カインの方が可愛いな」
「エッジの方が可愛いです」
早急に青年二人の名前や素性を調べ上げたゴルベーザとルビカンテは、飽くことなくミニマム化した二人を見つめていた。
高めのテーブルの上にクッションが乗っていて、その上に小さな二人が寝転がされている。
「カインの方が可愛いに決まっている!」
「エッジに決まっています!」
とてつもなくバカらしい二人の声に、青年達が目を覚ました。
「……ん…………」
「ふあぁ……なんだぁ……?」
ちんまりとした生き物が伸びをする姿は、ゴルベーザとルビカンテの頭をおかしくするのに十分だった。
そして、話は冒頭へ戻る。
状況を理解したカインとエッジは、必死に叫んで怒りを露にした。
だが、いくら言ってもゴルベーザとルビカンテは聞かない。
「どうするよ、これ」
うんざりした表情で、エッジがカインに囁いた。
「本当にな……どうもこうも……」
とにかく、ここから逃げなければ。カインとエッジは頷いた。
大きな声で言い合いをしている男二人を無視して、逃げるための相談を始める。
「俺があの男の肩まで跳ぶから、お前は……――」
「……いい考えだな!よし、それでいこう」
「行くぞ」
「おう!」
エッジの返事とともに、カインは跳躍した。体は小さくとも、流石竜騎士。その跳躍力は半端ない。
くるくると舞ったカインは、難なくゴルベーザの肩に降り立った。
「……ゴルベーザ!」
「何だ」
肩に乗っている姿があまりにも可愛くて、ゴルベーザはくらくらしながらカインの声に応えた。
「兜を外せ、ゴルベーザ」
「何故外さねばならんのだ」
「……お、お前の素顔が見たい……!」
素顔をさらすのは嫌であるはずなのに、青い瞳に引き寄せられ、ゴルベーザは陥落した。
兜を外し、「これで良いか」とちらり、カインを見た。
カインはゴルベーザの長めの髪をかき分け、耳朶をぐいと引っ張る。大きく息を吸って、蝋燭の火を吹き消すかのように、穴めがけて盛大に息を吹きかけた。
「…………っ!」
「エッジ、逃げるぞ!」
思わずその場にしゃがみこんでしまったゴルベーザの体から飛び降りて、カインはエッジの方を見上げる。
たん、たん、たん、と器用にテーブルの脚を伝って駆け降りて、エッジはカインの手のひらを軽く叩いた。
互いに笑い合い、頷く。
振り向かずに駆けていく姿を、ゴルベーザとルビカンテは呆然と見遣っていた。
壁と壁の隙間を通り抜けたのだろう。小さな二人の姿は、もうどこにもない。
頭を一つ掻き、ルビカンテは言った。
「……この塔の中には、モンスターがうじゃうじゃいるわけですが……」
「……そうだな」
耳へ与えられた攻撃からようやっと立ち直ったゴルベーザが、立ち上がりながら口にした。
「爪楊枝のようなあの槍で突いて倒せるモンスターがいるとは思えん」
「同感です」
「やはり洗脳漬けに決まりだな」
「いや、それはどうかと……せめてホールドにしませんか」
ああでもないこうでもないと言い合いながら、二人はカインとエッジが消えた隙間に近づく。小さなそこは、到底通り抜けられそうにない。
途方に暮れた顔をしながら、ゴルベーザはふうと溜息をつく。
「…………ミニマムを使って小さくなるしかないか」
「そう、ですね……」
痛む頭を抱えながら、ルビカンテは小さく頷いた。
End