私は、「誰かに愛されたい、誰かを愛したい」と思っていたのかもしれない。
 緑色の瞳を見つめながら、ただぼんやりとそんなことを思った。
 屈託のない笑顔も、乱暴でありながらどこか優しい不器用な言葉も、私に向けられることはない。それは、出会った瞬間から決まっていたことだった。



 草の上に寝かせた体が、足をばたつかせ宙を蹴る。押さえつけている細い手首は今にも折れてしまいそうで、何故こんな貧弱な体に惹かれているのだろう、と自分自身が分からなくなった。
「――――ルビカンテ」
 男が、私の名を呼ぶ。恨みと恐怖、それから困惑の気持ちを込めて呼ぶ。それだけで、私の心は切なく軋んだ。
 エッジは、私の命を狙っていた。私もまた、エッジの――エブラーナ王子の――命を狙っていた。
 私達は敵同士で相入れぬ同士で、それ以上の感情が生まれる余地などない筈だった。
 ない筈だったのに。
「放せ……!」
 私は彼に恨まれている。
「放せって言ってるだろ!!」
 鋭い瞳だった。
 彼に愛される日はこない。来る筈がない。
 何を馬鹿なことをと自分自身を嘲笑いながら、組み敷いた体をじっと見つめた。
「お、おい、俺の声が聞こえなくなっちまったのかよ……?」
 一言も口をきかないでいることにおかしさを覚えたらしい。エッジは、小さな声でそう訊いてきた。
「ルビカンテ……?」
 伺うような、何ともいえない声音だった。
 口元の布を引きずり下ろせば、細い体がびくりと震えた。
「なに、する……っあ!」
 片方の手で彼の手首を纏め、もう片方の手で首筋を撫でる。堪え難い凶暴な衝動が、胸の奥を支配し始める。
 無防備な胸元に指を滑らせるとエッジの頬に朱が走り、その滑らかな感触に、頭が真っ白になっていくのを感じた。
「いや、だ」
 乳首を摘むと、声が上擦る。
「やめろ、ルビカンテ……!」
 上擦った声は、微かに震えている。赤くなっている首筋に唇を押し当てると、エッジは一際大きく体を揺らした。
 そっと歯をたて、舐め、獲物の味を確かめる。
 滲む血の味に、魔物としての本性を煽られてしまう。
 月明りに照らされた肌に齧りつき、何度も何度も味見を繰り返した。
「ひっ!」
 鉄の味の残る唇を、今度は胸元へ押し当てる。乳首を甘噛みし、舌先で転がした。
「お、俺を食ったって美味くもなんともねえぞ!」
 その一言で気がついた。彼は、何か勘違いをしているらしい。
 自分の体に別の危険が迫っているということには全く気がついていないようだ。
 服越しに下腹部を撫でると、彼のものは少しだけ勃ち上がっていた。声もなく震え、歯を噛み締める気配が伝わってくる。そっと握り込むと、微かな悲鳴が私の耳に届いた。
「あ、あ……っ」
 こんなことをされるとは夢にも思っていなかったのだろう。普段やかましいほどよく喋る彼の口は、何の言葉も発せずにいる。
 傷つけぬようにと下衣を下げ、彼のものを優しく擦り上げた。
「……う……、あ」
 先走りの液が垂れ始める。くちゅりと鳴ったその音に反応して、彼の体が強張った。
 戒めていた手を解放する。だが、彼は逃げようとしなかった。性器を握られているこの状況で、逃げられる筈もない。
 握り潰されてしまうかもしれない、という恐怖と戦っているようだ。
 恐怖で縮こまってしまった彼のものを、べろりと舐める。躊躇いはなかった。「ひっ!」と怯えた声をあげ、彼は足を閉じようとする。両太腿を押さえることでその抵抗を制し、全てを口の中に含む。
 舌を絡ませ、エッジの息が荒くなるまで愛撫し続けた。
 脅すように甘噛みし、裏筋を刺激して――――そんなことを繰り返していると、いつしかエッジの声に啜り泣きのようなものが混じり始めた。
 何かがおかしいと口を離してその顔を覗き込めば、顔を真っ赤にして瞳を潤ませて荒い息を吐いていて。その様はどこかおかしく、けれどどこがおかしいのか今一つ分からなかった。
 心臓が、喧しく鳴っている。エッジの痴態が頭を支配し、その痩身を壊してしまいたくなる。
 今の私は、きっと、獣のような瞳で彼を見下ろしているのだろう。
「体、が、あちい……」
 ゆっくりとした調子で、彼はぼんやりと呟いた。
「おめぇに舐められたとこが……おか、しくて……っ」
 もしや、と思う。
 唾液をつけた指先で彼の下唇をなぞると、綻ぶように、誘うかのように唇が開いた。
 ルゲイエめ――――と心の中で呟く。体液に媚薬の成分を混ぜるなんて、悪趣味なあの男以外の誰が思いつくのだろう。
 だが、私はルゲイエの力で人間から魔物になることができたのだから、あの男の何もかもを責めるつもりにはなれなかった。
「すまない、エッジ」


***


 俺は、おかしい。俺の体はおかしい。熱くてわけが分からなくて、見上げたルビカンテの顔も、霞んで滲んでいてよく分からない。
 分かるのは、ルビカンテに舐められた場所がおかしいということだけだった。
 ルビカンテが、俺の唇を撫でてくる。「何しやがる」と叫ぶつもりだったのに、何も言えない。言えないまま、唇を開くだけ。ルビカンテの指が触れた下唇は痺れたようになっていて、ぞくぞくと寒気にも似た感覚が背中を這い上がって、ルビカンテの顔が近づいてきて。
「すまない、エッジ」と蚊が鳴くみたいな声で謝られて――――「謝るくらいなら最初っからするんじゃねえ」と喉まで出かかったその言葉は、ルビカンテの口の中に吸い込まれて消えてしまった。
「んんん……っ!ん!」
 長い舌が俺の口の中を掻き回す。同時に襲い来たのは、強烈すぎる快感だった。強烈すぎて、頭がおかしくなりそうだ。
 ようやく唇が離されほっとしたのも束の間。ルビカンテの指がありえない場所に入ってきて、思わず首を横に振った。
 ルビカンテは俺を犯すつもりなんだと、今初めて気がついた。頭からばりばり食うんじゃなくて、俺の体を支配するつもりなんだと。
 俺の体を犯して何になるのかは分からない。
 こんなの、おかしい。
 そんな場所までもが快感を訴え始めているなんて、そんなことは――――。
「エッジ……」
 涙が頬を伝った。プライドをズタズタにされてしまったように感じられた。裏切られたような気がしていた。目の前にいる男がこんな卑怯なことをする魔物だったなんてと唇を噛んだ。
 泣きたくなんかないのに、涙がぼろぼろと溢れてくる。ルビカンテの表情が切なく歪んでいるような気がしたけれど、何でそんな表情をしているんだと問うことはできなかった。
 抱き上げられ、背を向ける格好でルビカンテの上に座らされた。
 腰を掴まれる。
 何をされるのかは、分かっていた。
「あああぁ、あっ!!」
 熱いものが、中に入ってくる。比喩なんかじゃない。本当に熱くて堪らない。怖い。逃れたい。逃れたいのに、体の奥が疼く。
 やめて欲しい、と心は叫んでいる。けれど、体はルビカンテを欲しがっていた。
「ひ、あぁ、あ」
 意味不明な声が溢れて止まらない。唾液が顎を伝うのを感じたけれど、口を閉じることもできない。
 俺の体を抱き締めている腕に、爪を立てながらしがみついた。
 揺すぶられ突き上げられる度、ありえないくらいの快楽が俺を襲った。何度射精したか分からない。足元に生えている草は、俺の精液で白く汚れていた。大きく足を開かれて恥ずかしい筈なのに、もっと欲しいという気持ちが羞恥を超えてしまう。
「きもち、い……っ!」
 我慢できずに口にすると、引き抜かれうつぶせのまま押し倒され、獣のような体勢をとらされた。力を入れられずに倒れ込みそうになったけれど、ルビカンテの腕がそれを許さない。
 太いものを押し付けられた瞬間、期待に胸が震えた。「エッジ」と耳元で囁かれ、指先で涙を拭われる。入ってきたものを拒むこともできず、ただ首を横に振った。
 暴かれている、と思う。普通の人間とは全く違う大きさのものが、俺の体の全てを暴いているのだ、と。
 頭の中、芯の部分が真っ黒になって何もかもが暗転してしまう。腹の中に熱い飛沫を感じたけれど、最後にはそれすら分からなくなっていって。
「エッジ、私は、お前を――――」
 徐々に何も聞こえなくなっていく。
 聞こえねえよこの馬鹿って罵ろうとしたけれど、暗闇に引き摺られてしまってもう何も言えなかった。



 End


Story

ルビエジ