意識を失ったスカルミリョーネの体を抱きかかえ、カイナッツォはルゲイエの部屋を出た。随分軽くなってしまったその体は、今にも消えてなくなってしまいそうだった。
 金色の光は、今は見えない。

『……すまなか、っ……た……』

 詫びの言葉を呟くスカルミリョーネの声音は、哀しみに満ちていて。切なくて堪らなくて。
 カイナッツォは自室の扉を開くと、中に入り、殺風景な部屋の壁に凭れかかった。
「俺はよお……」
 腕の中の存在を確かめるように眺め、
「自分以外の奴なんて、どうでもいいと……どうなってもいいと、思ってたよ」
 ゴルベーザの下に就いたのは、単に面白そうだと思ったからだ。バロン王に成りすますという計画は、好奇心旺盛な自分の欲を満たすのにぴったりだと思われた。
 そう。全ては自分の為に在った。
 人間を騙し、絶望の淵に落とし、嬲り殺しにする。闇に染まった暗い瞳を見る瞬間は、正に至福の時だった。それはモンスター相手でも変わらない――筈だったのに。
「……本当に、お前は不思議な奴だ」
 茶色のローブの胸元に顔を埋めると、甘い土の香りがした。それだけで涙が滲みそうになり、慌ててローブで涙を拭う。
 柔らかい体。小さくなってしまった体は、以前よりも死に近い感じがした。
「お前と出会わなければ、こんな気持ちを知ることもなかった」
 座り込み、骨ばった手を握り締める。指と指を絡ませ合い、カイナッツォはスカルミリョーネの心を知ろうとした。
(お前は、俺のことをどう思ってる?震えるほど嫌なのか。傍にいるだけでも駄目なのか)
 握り締めた指先に、涙の雫が滴り落ちた。
(俺は、お前の傍にいたいのに)
 透明な液体が、互いの手を繋ぐ。水と土を混ぜ合うように気持ちも混ぜてしまえたらいいのに、とカイナッツォは思った。
 大切なものなどいらなかった。こんな気持ちになるくらいなら、いっそ出会わなければ幸せだったのに。
 ぴくり、スカルミリョーネの指が、微かに動いた。
「…………カイナ、ッツォ……?」
 かさついた指が、カイナッツォの頬を撫でた。ローブの中にある金色の瞳が、ぼやけた光を放っている。
 カイナッツォには、スカルミリョーネが微笑んでいるように見えた。
「お前、まだ、泣いている……のか……」
 弱々しい力で頬を撫でながら、スカルミリョーネはカイナッツォの顔をそっと引き寄せる。
「何故、泣く……?私はこうしてここにいるだろう。お前の傍に、いるだろ、う……」
「お情けで傍にいられたって、嬉しくも何ともない!お前、言ってたじゃねえか。『一人にしてくれ』って。『触らないでくれ』って!」
「カイナッツォ……」
「独りよがりは嫌なんだよ……っ」
 金色の瞳を見ているのが辛くなって、カイナッツォは目蓋を閉じた。
「体だけじゃ駄目なんだ。お前の心が知りたい。俺はお前の心の傍にいたいんだよ!」
 スカルミリョーネの体が震えだす。そのまま、カイナッツォの首に縋りついた。
「……私が震えてしまうのは……、お前の真っ直ぐな気持ちが怖いからだ……。その優しい指が、怖いからだ……」
「俺が……優しい?」
「そう、優しい……私の為に涙を流すモンスターなど、他に居やしないだろう……?」
 優しいと言われるのは生まれて初めてのことで、カイナッツォはどきまぎしてしまう。
 まごついているカイナッツォに言い聞かせるようにして、スカルミリョーネは静かに言った。
「お前を大切に思えば思うほど、私は恐ろしくなる。そうしてこう思うんだ……お前と出会わなければ、こんな気持ちを思い出すこともなかったのに……と……」
 背が軋むほど抱き締めて、これ以上はないという程に触れ合って。
(ああ、お前を喰っちまいたいよ。血も骨も肉も心臓も魂も、何もかも全部、俺のものにして、そうして)


 悲しみも苦しさも全部一緒くたにして俺のものにしてしまえれば、お前の苦しみは跡形も無く消えるのに。


End


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