カイナッツォは息をすることも忘れて、足元に転がっている塊を、ただひたすら凝視していた。
コン、コン、カツ、カツ、という、乾いた音が辺りに響いている。茶色の布に覆われた塊を、無数の黒い鳥が、くちばしでつつきまわしていた。
その音に引き摺られ、カイナッツォは思考を取り戻す。はっとした表情で、鳥達を薙ぎ払った。
羽ばたきと共に、羽根が床一面に散る。
「おい、馬鹿かお前!何してやがる!」
羽根に埋もれた塊を抱き上げながら、耳らしき場所を探して喚き、怒鳴った。
ぴくり、塊が反応する。乱れたローブを撫でて整えてやりながら、カイナッツォは溜め息をついた。塊が、腕の中で身動ぎをする。ローブの中から、ぼた、と何かが落ちた。カイナッツォが床を見る。右腕だった。
こいつ。呟いて、拾い上げ、
「起きないと、これ、俺が喰うぞ」
囁いた。
塊が、震えながら瞳を光らせる。嫌だ、と塊は返答し、それを聞いたカイナッツォは苦笑いを浮かべた。
「鳥には喰わせられても、俺には喰わせられねえ…か」
「…どうせ、『不味い』と言うに決まっている。それか『腹をこわしちまう』とか言って責任をとることを強要してきて…」
「犯される、か?」
「…………そういうことだ」
身を捩って、スカルミリョーネが地面に下りる。カイナッツォに握られた腕を奪い取り、自らの肩に無理矢理捩じ込んだ。
固い響きと同時に、腕はあるべき場所へ納まっていた。
くかか、とカイナッツォが喉を鳴らして笑う。
「相変わらず、よく分かんねえ体だ」
「……それはお互い様だろう」
「ん、何だ?俺のことを知りたいなら、隅から隅まで事細かに教えてやるぞ」
「いらん」
そっぽを向いて答えたスカルミリョーネの頭を鷲掴んで、カイナッツォは金の瞳を覗き込む。
「そういえば、何で鳥に喰われてたんだよ。しかも、こんな辺鄙なところで」
強い風が吹き、羽根が舞い散った。
ここは、ゾットの塔にある寂れたバルコニーだ。誰も来ないし、来る意味もない。訪れるのは鳥や虫ばかりで。
答えずにぼんやりと空の方を見ているスカルミリョーネに焦れながら、カイナッツォは舌打ちした。
(死にたがりの馬鹿が)
「カイナッツォ。例えば、例えばだ。私が鳥に喰われて死んだとしたら、私も、あの浮遊感を少しは味わうことが出来たりするんだろうか」
「それ以前に、お前は死なないだろうが」
「例えば、と言ったろう」
「……無理だろ」
「どうして」
こんなものは、言葉遊びに過ぎない。それでも、空を求めるスカルミリョーネの瞳が気にくわなくて、カイナッツォは苛立つ胸を止めることができなかった。
心のままに、ひん曲がったままはめられた、歪な腕ごと抱き締める。
強く締め付けすぎたのだろう、意味不明な呻き声をあげて、スカルミリョーネは背を軋ませた。
「もしも、鳥がお前を喰っちまって、お前が死んだとしたら―――」
「……く、苦しい、離、せ」
「俺はその鳥を喰う。だから、空中散歩は諦めろ。大人しく俺の腹の中でも堪能しとけ」
「へ、へ、んた、い」
「腐っちまってる奴に言われたくねえ」
「こ、の、馬鹿亀…っ」
「言ったな、腐葉土」
「へん、たい…」
「…さっきも聞いたぞ」
「へ、ん、たい…!」
「……参ったな」
End