目覚めたばかりの頭は、ぼんやりと霞がかっていた。朝陽に照らされている寝顔を覗き込み、これは夢なのだろうかと考える。
「……ゴルベーザ」
ゴルベーザが青き星に帰ってきた――――その事実に驚き喜んでいたセシル達は、俺がゴルベーザに抱きしめられていることには気づいていない様子だった。
気づかれずに良かったとほっとしたその直後、セシルが「一緒に呑もう!」と言い出し、その結果、小さな宴が開かれることになったのだった。
セシル、ローザ、セオドア、俺、そしてゴルベーザ。小さな宴は、太陽が昇る直前まで続いた。最初は困り果てたようなくすぐったいような何とも複雑な表情を浮かべていたゴルベーザだったが、最後は嬉しそうに微笑んでいた。
銀の髪を、指先でくるくると弄ぶ。
記憶にあるそれよりも少し伸びたような気がする。
『今夜は魔導船で眠る』と言ったゴルベーザを止めたのは俺で、『それなら俺の部屋で眠ればいい』と言ったのも俺だった。それが自然なことのように思えたからだ。セシルとローザは嬉しそうに頷き、すっかり寝入ってしまっているセオドアを抱いて、寝室へと向かい、残されたゴルベーザはまたあの困り果てた表情を浮かべ、俺の顔をじっと見つめていた。
『お前の部屋に、ベッドは二つあるのか?』
何を言っているんだろうと俺が首を傾げると、ゴルベーザは俺の頭を撫で、『同じベッドで眠れば、手を出さずにはいられなくなる』と少し低い俺の目を覗き込んできたのだった。
その後のことは、よく覚えていない。酒が入っていたせいなのか、ゴルベーザの言葉に頭の芯を刺激されてしまったのか、気づけばこの男の腕の中にいて、あられもない声をあげ続けていたということだけは記憶している。
どんな顔をしてゴルベーザに接すればいいのか、皆目見当もつかない。
正直、体のあちこちが痛かった。俺が眠っていたのも、二時間程度だろう。
すうすうと寝息をたてているゴルベーザに何だか腹が立って、形の良い鼻をきゅっと摘み上げた。ふ、と息が止まり乱れたけれど、彼は目覚めない。深い眠りの中にいるようだ。
「ゴルベーザ」
ゾットの塔にいた頃のゴルベーザは始終ぴりぴりと張り詰めた空気を持っていて、眠ることも満足にできていない様子だった。真っ黒な甲冑を脱ぎ捨てた後もそれは同じであったらしく、寝ずの番を買って出ることが多かった。それが、今はどうだ。
ゴルベーザは、やっと安眠できるようになったらしい。
「……良かった」
呟いて、頬に口づける。顎に唇を押し当てると、ちくちくとした髭の感触があった。そのまま、ゴルベーザの唇を塞ごうとした瞬間。紫の瞳と目が合った。
「……あ」
咄嗟に逃げようとするけれど、抱きしめられて逃れられなくなってしまう。
「ゴ、ゴルベーザ、これは、あの」
よく分からない言い訳を並べ立てようとするのだけれど、どうしても上手くいかなくて。
「カイン」
あっという間に押し倒されて組み敷かれ、お前今の今まで寝てたじゃないかという言葉も口づけで封じられ、もう朝なんですけどこんなに明るいんですけどと叫びだしたいのにそれすらすることもできず、熱っぽい視線に射抜かれて思考回路が停止してしまいそうになる。
そうだ、今はこんなに明るい。それに、仕事だってしなければならない。こんなことをしていたら、ベッドから起き上がれなくなってしまう。流されるわけにはいかない!
「ゴルベーザ、俺には仕事が」
コンコン。俺の言葉に、ノックの音が重なった。
「――――カイン、兄さん、二人とも起きてる?」
血の気が引いた。ゴルベーザの体を思い切り突き飛ばし、ベッドを飛び出しローブを体に巻き付け、どうにか「何だ?」とだけ声を発することができた。
「ああ、起きてたんだね。おはよう。兄さんはまだ寝てるのかな? 今日の仕事のことなんだけど……昨夜の宴でまだ眠いだろう?カインも最近働き詰めだったし、今日一日ゆっくり休んで欲しいなと思って」
「セ、セシル? そんな気を遣わなくても」
「じゃあ、ゆっくり休んでね」
弾んだ声で言った後、セシルは足早に駆けていった。
ばくばくと鳴る胸元に拳を押し当てながらそうっと振り向く。
「えっ! あ……ん、ぅ……!」
いつの間にか真近くにいたゴルベーザに唇を塞がれ、強く抱きしめられ――――俺の長い一日は、まだ始まったばかりだ。
End