「リディアー!リーディーアー!」

 静かな洞窟に不釣り合いな声が響き渡る。
 声の主は先程から、ひっきりなしにリディアを呼び続けていた。…エッジだ。
「…大きな声を出すなとさっきから言っているだろう。モンスターが寄ってきたらどうする」
 どうしてこんなことになったんだろう。カインは大げさにため息をつく。
「大丈夫だ!そんなの俺が片っ端から蹴散らしてやる!」
 頭上に武器を掲げたエッジを見て、カインは更に大きなため息をついた。
 生憎、ここにはエッジの軽口に制裁を加えるリディアがいない。
 止める者が、いない。
「いや、確かに…銀色の林檎を見つけて一人パーティを離れた俺が悪いんだけどさ…銀色だぜ、銀色!いやぁそりゃもう、気になって気になって!」
(何てお気楽なやつなんだ…)

 ことは突然起こった。
 幻獣の洞窟に入ってしばらくして、エッジが少し離れた所に銀の林檎が落ちているのを発見した。
 そこまではまあ良かったのだが、彼が林檎に走り寄りそれを手に取ろうとした瞬間、エッジの背後の植物が突然動きだし、パーティとエッジを隔てるように蔦の壁を作り始めたのだ。
 エッジ!と皆が叫び、カインはエッジを助けようと、今まさに閉じようとしている植物の壁に飛び込んだ。
 だが、カインがエッジを抱えてパーティの元に戻ろうとした時には、既にがっちりと蔦の壁は閉じられてしまっていて。
 結局、二人きりで小部屋のようなこの場所に閉じ込められてしまったのだった。


「まあ助けを待つしかねえだろ。火遁も効かねえし、武器で攻撃してもびくともしやがらねえ。しかも壁抜けもできないときた」
 にぃ、と笑うと、エッジは林檎をがりりとかじった。
 途端、むせる。
「う、ぐ…っ!まっず!!何だこれ!人間の食うもんじゃねえ!」
 ぎゃあぎゃあと喚くエッジを横目に、カインは思考を巡らせる。
 そうなのだ。
 妙に白い色をした蔦は酷く頑丈で、火遁も武器による攻撃も受けつけない。壁抜けもエッジがチャレンジしたのだが、できそうにないとのことだった。
 壁の向こうからもリディアが召喚で攻撃したりしてくれたのだが、全く効果はなかった。
 幻獣王なら何とかしてくれるかも、とリディアが言いだし、カインとエッジはここで大人しく待つことになったのだった。
「…なぁ、カイン。悪かったよ。俺が悪かった。だからさ、何か話してくれよ」
 カインはエッジをちらと見ると、
「怒っているわけじゃない。呆れているだけだ。…無鉄砲な王子様にな」
と告げる。
「あー……ここ、座るか?」
 エッジがピクニックシートのようにマントを地面に敷く。
 カインには理解不能な行動だった。
 それが顔に出ていたのだろう。エッジは頭を掻いて、はは、と笑う。
「ここ、何か地面がベタベタするんだよな。でも立ちっぱなしは嫌だし、こうすればマシかなぁと」
 はいはい、座った座った、と無理に座らされる。
 エッジはその隣に腰をおろし、カインの顔を覗き込んだ。
「…俺さ、お前が助けに来てくれて、嬉しかったんだ」
「…!」
 顔が熱くなるのを感じる。
 何だいきなり!
「嫌われてんのかなと思ってたからよ」
 声には悲しげな色が含まれていた。
 いつになくしょげているエッジを見て、カインは少し反省する。単に、こんなお調子者には出会ったことがなかったので、対処法が分からなかっただけなのだが。
 嫌っているどころか、本当は羨ましいと思うことさえある。
(この底抜けの明るさは、俺にはないものだ)
「…俺は別にお前のことを嫌いなわけじゃなくて、その、だな……」
 羨ましいのだと言いかけて、カインははたと口を閉じる。素直に誉めたりしたら、また調子にのるかもしれない。
 これ以上テンションを上げられても困る。ついていけないからだ。
「何だよ、煮え切らねえなあ」
「…ちょっと黙ってろ」
「で、何?」
「……」
 考えこんだカインの顔に、エッジは更に顔を近づける。
 遠慮なく凝視してくるその瞳と目が合い、カインは思わず顔を背けた。
「…近づき過ぎだ」
 低く威嚇を込めた声で言うが、
「いや、おめぇ、よく見りゃ綺麗な顔してんなぁと思ってさ。兜、取ってみねえ?」
 その言葉に何も言えなくなる。
「……は?」
 それが、精一杯だった。
「いや、だから、兜をだな」
「……」
「こうやってさ」
 エッジの手が、素早い動きでカインの兜を取り去る。
 あまりのことに、カインは口をぱくぱくさせることしか出来なかった。
 兜が敷かれたマントに置かれる。
「で、この結んである紐も取って」
「……っ!」
 抱き締められ、髪を撫でられた。
 優しいその仕草に、体が粟立った。髪を束ねていた紐が解かれる。
「やめろっ!」
 カインが強い力で押し退けると、エッジは簡単に体を離した。
 彼の表情は説教をくらった子供のようで、カインは怒る気も失せてしまう。
(ああ、もう)
 このやたらと真っ直ぐな目に、自分は弱いのだ。
 自分より年上の癖に、時折、少年のような強い眼差しをする。
 両親を失ったときも、こんな風に総てを見つめていた。
 そうだ、こんな風に。こんな…
(…え?)
 柔らかいものが唇を啄む。
「な、何をっ!!」
 口づけられたと理解した瞬間、反射的にカインはエッジを蹴り飛ばしていた。
 エッジは鈍い音をたてて壁にぶつかる。
 ぱらぱらと砂利が壁から落ちて、それを振り払うように彼は頭を緩く振った。
「…ってぇー!おめぇの脚力は、やっぱすげぇな。効いた効いた…」
「何のつもりだ!」
 かあ、と顔が熱くなる。
「おい、耳まで真っ赤になってるぞ」
 無邪気な笑みでそう告げられ、カインは脱力感に襲われた。
 どういうつもりかなんて訊いても、したかったからだ、なんて言われるに決まっている。
「…カイン?」
 唇を手で押さえて、体の熱が冷めるのを待つ。
 エッジはきっとからかうような…けれど優しい目で…自分を見つめているだろう。
 目を合わせないようにして、カインは地面に目をやった。

 と、その時。

 衣擦れのような音と共に、壁から乳白色の蔦がカインの目の前に伸びてきた。
「な…っ!」
「わぁっ!!」
 手首に、腰に、足に。蔦が巻き付く。
 咄嗟に槍で薙ぎ払うが、その槍も絡め取られ、地面へと縫い付けられてしまった。
 エッジはと思い、前に視線を向けると、エッジも座り込んだままの体勢で、壁に磔になっている。
「な…んだこれ…」
 エッジの声に呼応するように、蔦は更に数を増し、動き出した。
 蔦は身をくねらせながらカインの鎧の隙間に入り込む。
 服の上からやわやわと全身を撫で上げられ、その感触の気持ち悪さに、カインは歯を食いしばった。
 腕や足を必死で動かそうとするのだが、蔦は物凄い力で体を縛り付けてくる。
 それはエッジも同じなようで、彼も額に汗を光らせて抵抗していた。
「このっ…離しやがれ!」
「エッジ!忍術を使え!」
 絡みついてくる蔦を鬱陶しそうに眺めながら、エッジはちいと舌打ちをする。
「無理だ、カイン!こいつらに忍術をかけたら、俺達もとばっちりをくらっちまう」
「かまわん!水遁でも雷迅でも何でもいいから、俺ごと攻撃しろ!」
「馬鹿野郎っ!んなこと出来るわけねえだろ!」
 不機嫌な調子で眉をひそめるエッジの瞳が、少年のようにきらと輝く。
 一瞬の間があり、その目がにやりと笑んだ。
「……雷迅!」
「……!」
 エッジの周囲に青と黄の光が走り、彼の仰け反った喉から絞り出すような悲鳴が放たれる。
「ぐ…っああぁっ!」
「エッジッ!!」
 蔦の巻き付いた足から煙があがっている。
 その痛々しい姿に、どくどくと胸が煩く鳴る。
 見ている方でさえそれなのに、エッジは何故か笑っていた。
「うわ…こいつら、ダメージ受けてねえ……かっこ悪ぃな、俺…」
 確かに、蔦は少々動きを鈍らせただけで焦げてすらいない。どうしてこんなことを!と言おうとするが、それはエッジの呟きに遮られた。
「……おめぇを傷つける位なら…俺は喜んで自分を傷つけるさ」
 頭を強く殴られたような衝撃を受ける。何故こんなにも頬が熱いのだろう。
 人を守ることはあっても、人から守られるほど自分は弱い存在ではない。
 守られることがこんなに辛いとは。
 こんな風に扱われるのは子供の頃以来で、心がざわめくのを止めることが出来なかった。
「カイン」
 真っ直ぐな瞳がこちらを見据えている。
「…泣くな」
 涙が勝手に流れ出す。
 言いたいことがあるはずなのに、何一つ言うことが出来ない。
 止めどなく溢れる涙を拭うように、蔦がにゅるりと頬を這った。
「ひ…っ」
 雷迅によって止まっていた蔦が、再び活動し始めた。縦横無尽に動き回り、カインの鎧を引き剥がす。
 気付けば鎧は全て剥ぎ取られ、中に着た服だけが残った状態となっていた。
「何をする気だ」
 答えが返ってこないと知りつつ、訊かずにはいられない。
 鎧を剥がした蔦の一本が、カインの服の襟ぐりを掴み、
「カイン!」
 力のままに縦に引き裂いた。
 急激に加えられたその力に抗えず、カインは前つんのめりに倒れ込む。
「つ…っ」
 それを待っていたかのように、一斉に蔦が群がってくる。
 引き裂かれた服の隙間から、蔦が次々と侵入していく。
(気持ち悪い…!)
 この蔦達は何をしようとしているのか。もしかして、このまま喰われてしまうのか。
 乳首や臍を撫でられ、息が詰まった。
 蔦はその反応をどういう風に捉えたのか、そこばかりを弧を描くように重点的に撫でていく。
 は、は、とカインの息があがる。
「…カインッ!!」
 悲痛な声が耳に入ってくる。
 大丈夫か、と話しかけてくるそのエッジの声が、酷く遠い場所から聞こえてくるような気がした。
 蔦が体を撫でる度、力が入らなくなっていく。
「あ、ぁっ……」
 ぼたぼた、と湿った音が胸元に響くが、それが何なのか分からない。
 ただ、生温い液体を身体中に擦り付けられている、ということだけは理解できた。
 閉じていられなくなった口に、蔦が入り込む。異常なほど甘いそれを押し退けようと舌を動かすが、全く蔦は退かない。
「カイン、カインッ!」
「ん…ぅ…っ」
 下腹部に到達した蔦が、そこをやわやわとしごき始めた。
 頭の奥が痺れに襲われ、指の先まで熱くなる。
 この蔦は、自分をどうしようというのだろう。もしかして内臓から食散らかすつもりなのか。
 嫌な想像に、今まで心の隅に追いやっていた、恐怖という感情が頭をもたげ始める。
 そうして信じられない所に蔦を突き立てられる頃には、カインの思考は完全に恐怖に支配されてしまっていた。
(食われる……っ)
 狭い場所を抉じ開けて入ってくる感覚に、寒気が止まらない。
「…ああぁー…っ」
 逃れたくて、少しだけ動かすことのできる腰を捩る。
 しかしそんな抵抗は全く意味を為さなかった。
 抜き差しをするいやらしい水音が洞窟内に静かにこだまする。
 ぐじゅぐじゅ、と繰り返されるその行為は、人間のセックスさながらだった。
「……は、あ…っ」
「てめぇら、カインを離しやがれっ!」
 暴れようとするエッジの体を、カインの口から出て行った蔦が押さえつける。
 ぼやけた視界に映るエッジの顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
 その表情を見た途端、カインの意識はほんの少しだけ現実に引き戻される。
「お、れが……食われてる隙に、どうにか……逃げ……っああっ」
「馬鹿言え!んなこと出来るか!」
 蔦の出入りする速さが増していく。最早、溢れ出る声を我慢することも出来ない。
「あ、あぁっ…あっ!」
 足が突っ張り、痙攣する。
 飲み込むことの出来ない唾液が、顎を伝った。
 腹に見知った感覚が襲う。
 嫌だ!こんなものに…射精させられるだなんて。
「あああぁっ!」

 何もかもが白く染まる。

 今までに経験したことのない激しい快感に、頭がおかしくなりそうだった。
(こ、んな……っ)
 そうしてカインが達するのを待っていたかのように、突然地面が山を作った。
 と同時に、その山がモンスターへと形を変えていく。
「ひ…!」

 モルボルだ。

 今度こそ火遁で何とかしてもらおうと思ったカインの期待は、あっという間に崩れ去る。
 エッジの口元には蔦が巻き付き、とても詠唱など出来そうになかった。
 蔦によって体が仰向けに返され、足を大きく割り開かれる。仲間がこちらを見ているという羞恥に泣きだしたくなった。
 モルボルの緑色をした触手がカインに近づいてくる。
「んんーっ!」
 エッジが唸り声をあげる。
 本当に頭から食われてしまう、とカインは絶望に瞼を閉じるが、予想した衝撃はやって来なかった。
 薄目を開けると、触手は何を思ったのかカインの破れた服を更に引き裂いていた。
 そのままそれは股間へと伸ばされ、カインの放った精液を音をたてて吸い取り始める。その先端はぱっくりと口を開き、そこだけ別の生物なのではと思うほど異様な有り様だった。
「うぁ…あ…」
 精を放ったばかりで敏感になっているものをしごかれて、カインは頭を振る。ぼうっとして役に立たない頭の隅で、モンスターの意図が何となく読めた気がした。
 精液を出させる為に、蔦と触手は這いまわっているのだ。よくは分からないが、精液を栄養源にしているのだろう。
 自分達を射精させるだけ射精させてから、殺すつもりなのだ。
 視界の端でエッジが苦い顔で項垂れているのが見えた。
(エッジ…)
 エッジと視線がかち合った瞬間、体が浮遊感に襲われた。
 蔦がカインの体をエッジの方へ運んでいく。
 どさりと乱暴にエッジの上に乗せられ、カインは息を詰めた。
 エッジも急に太ももに乗られた衝撃にぐうとうめいてから、
「カイン」
と切なげな声で名を呼んだ。
「カイン、大丈夫か?痛いところはねぇか?」
 その瞳には暗い色が浮かんでいる。
 普段陽気な彼にこんな表情をさせるほど、自分は酷い顔をしているのだろうか。
 カインはゆっくりと頷く。
 怪我はない。痛みもない。
 ただ、エッジの弱い声を聞いていると、異様に胸が痛くて堪らなくなる。
「おめぇを助けようと忍術を詠唱するんだけどよ、その度に蔦に止められちまって…」
 そう言って俯くエッジを、カインは不思議に思う。
「お前は…必死に助けようとしてくれてるじゃないか…それで充分だ…」
 蔦が体に愛撫を施し始め、カインは小さな悲鳴をあげた。
 エッジは咆哮する。
「充分じゃねぇよ!おめぇを助けられなきゃ意味がねぇ!」
 彼の目尻には涙が滲んでいる。
「ほんと、情けねぇよ……惚れたやつ一人助けられねぇなんてっ!」
(……え)
 今、何て言った。
 口をぱくぱくさせながら、カインはエッジの目を見た。
 エッジはしまった、と呟き、苦笑する。
「…俺はおめぇに惚れてる」
 真摯な瞳がこちらを射抜く。
「好きだ、カイン」
 顔が熱い。きっと今自分は真っ赤な顔をしているだろう。
「こんなところで言うことになるとはなあ。もうちょい黙ってるつもりだったのに」
「お前が、俺のことを…?」
「…安心しろ、おめぇと両想いになりたいなんて言わねえから」
 心臓が大きく跳ね、息が出来ない錯覚に陥る。
 エッジに似つかわしくない諦めきったその表情に、心が苦しくて堪らなくなる。
「好きでいさせてくれりゃ、それでいい」
 あまりの既視感に目眩がした。
「それとも、ただ好きでいるのも駄目か?やっぱ男に好かれてるなんて気味わりぃよな…」
 この暗い瞳は以前自分が持っていたものだ。
 叶わぬ想いを抱いて彼女を見つめていた、あの時の瞳だ。

『…俺さ、お前が助けに来てくれて、嬉しかったんだ』

『嫌われてんのかなと思ってたからよ』

「エッジ…」
 エッジ、俺は…
 続けようとした台詞は蔦に遮られた。
 蔦はエッジの下着を引きずり下ろし、カインの体をその場所に一気に落としにかかる。
「…ぁ……っ…!」
「う、わ……っ…こいつら、どういうつもりだ…っ」
 蔦や触手とは比べ物にならないくらい固くて熱いものが粘膜を擦りながら侵入してくる。
 身を捩っても、がっちりと蔦に押さえつけられてどうにもならない。
 近づいたエッジの息遣いが耳を刺激して、カインはぞくぞくと体を震わせた。
「あ、あ…ぁ…」
 首を振って熱をやり過ごそうとするが、そんなものではおさまるはずもない。
「おい、んな顔すんな…煽る気か」
 エッジが唾を飲んで呟いた。
 エッジのものを受け入れている。
 そう思った瞬間、強くそこを締め付けてしまう。
「カイ…ン…力入れんな…」
「エッジ…ッ!」
「俺はおめぇに惚れてんだぞ…んな顔されたら、抑えらんねぇ…」
 一体自分はどんな顔をしているんだろう。
 体を揺すぶられる。上下に動かされるその度に、電流が背中を駆けのぼっていくような気がした。
「あぁ…あ、あ、あ」
 エッジの首にすがり付きたいが、拘束されたこの状態ではそれも叶わない。
 普段とは全く違う声が唇から漏れる。
 このやたらと上擦った声が恥ずかしくて、でも抑える術を見つけることも出来なくて、気が付けばエッジの首筋に歯をたてていた。
 ふ、とエッジが熱い息を吐いて体を震わせる。
 彼の興奮が触れた場所から流れ込んで来たかのように、カインも身を更に熱くしていく。
「んう、う、うっ」
「カイン…カイン…ッ」
「うぁ、あ…あ…っ」
 快感に目の前が白くなり、息をするのさえ忘れてカインは喘いだ。
 エッジが酷く甘い声で自分の名を呼んでいる。
 愛されているという実感が、よりいっそう頭の芯を熱くさせる。
「エッ…ジ…ぃ…っ!」
 応えたくて名を口にした。
 煽るなって言ってんのに、とエッジが笑う声が聞こえてくる。
 これ以上こんな行為を続けたら頭がおかしくなりそうだ、とカインは思った。
「…あ、まずい…出そうだ…っ」
「もう、出して…くれ……出して……!」
 声にならない悲鳴がカインの唇から漏れる。
 中に熱いものが流れ込んできて、それがエッジの精液だと気が付いた瞬間、カイン自身も訳の分からない興奮と共に精を放っていた。
 息が苦しい。
「カイン…」
 だるくなった体が辛くて、エッジの肩に頭を預ける。
 しかし休む間もなく蔦がカインの体を持ち上げた。ぐったりと弛緩した体は何の抵抗も出来ないまま、蔦に巻き付かれ、呻き声をあげる。
 触手が肌を這い回り、精液を嘗め取っていく。それは達したばかりの体には強過ぎる刺激だった。
 エッジが、カインしっかりしろ、と叫んでいる。

 今度こそ殺されてしまう。

 諦めが脳裏を過った瞬間、するすると蔦と触手がカインから離れだした。
(な…んだ?)
 モルボルが地面に音をたてて埋まっていく。蔦は壁に消え、急激に静けさが戻ってきた。
 どういうことだと言おうとしたが、急に強い力で抱き締められて何も言えなくなる。
「良か…、良かった……!」
 エッジに施されていた戒めも解かれたらしい。
 彼の体はがたがたと震えていた。
「…もう駄目かと思った…っ」
 色を失っているエッジの頬を、カインは指先で撫でる。
 こんな表情のエッジを見ているのは嫌だった。
 いつものように笑って欲しい。
 そんな気持ちを込めて、カインはエッジに触れる。
「俺もだ…それよりお前、足の怪我は大丈夫なのか?」
「それより、じゃねえよ!俺なんかどうでもいい!おめぇの方が…」
「エッジ」
「俺のことを好きでもないのに俺に突っ込まれて…嫌だったろ?」
 蔦や触手に触れられるのは、確かに嫌だった。
 しかし、エッジに触れられることには不思議と嫌悪感はなかったとカインは思う。
 そうだ、この気持ちをきちんと伝えなければ。
 陽射しのように真っ直ぐな想いをぶつけてくる彼には、素直な気持ちで答えなくてはならない。そんな気が、した。
「嫌じゃなかった」
 エッジが、密着させていた胸を離してカインの瞳を見つめる。
 嘘だろ、とエッジの瞳が言っている気がして、カインは、本当だ、と念を押した。
「おい、それってどういう意味だ。俺、期待しちまうんだけど」
 呆然としているエッジを放っておいて、カインはゆっくり身を起こす。体が軋むが、こんな格好のままでいるのはごめんだった。
 破かれた服は仕方がないから脱ぎ捨てて、スペアを荷物の中から取り出し、身に付ける。
「おい、おいってば!期待してもいいのかよ。脈ありって思っちまうぞ!」
 滑った全身をエッジのマントを拝借して清め、カインはエッジに背を向けてから鎧を着始めた。
 破れた服やらマントやらを部屋の隅に隠すと、壁をじっと見つめる。
 動悸がおさまらない。
 恥ずかし過ぎて、エッジの顔をまともに見ることなどできそうになかった。
「…お前の努力次第だ」
 そう言うのが精一杯だった。

 自分は以前からエッジに惹かれていた。まさかこんな形で自覚するようになろうとは思いもよらなかったが。

 熱くなった顔を兜で隠し、漸くカインはエッジの方へ向き直る。
 カインのところへ近づいてきたエッジはきらきらと目を輝かせ、まるで少年のような表情でカインを見つめていた。
「カイン、俺、本当におめぇのこと…」
 ぐいと頭を引き寄せられ、ああ口付けられると思ってカインはそっと瞼を閉じる。
「二人ともーっ!」
 突然、可愛らしい声が辺りに響き渡り、道を塞いでいた蔦が真っ二つに切れた。
 カインは驚いて思わずエッジを突き飛ばす。
 蔦が消えたその場所には、仲間がにこにこと笑って立っていた。
 リディアの手には凝った細工の短剣が握られている。
「大丈夫だった?ほら、このナイフでなら切れる蔦なんだって。道具屋さんで買ってきたんだよ」
 カインがよくよく見てみると、凝った細工だと思ったそれはモルボルを模した彫刻だった。
 しばらくモルボルは見たくないなと苦笑する。
「あら、エッジ!怪我してるじゃない!モンスターでも出たの?」
 ローザがエッジに駆け寄り、回復魔法をかける。
 エッジはいてて、ありがとよ!と言いながら立ち上がった。
(つい、思いっきり突き飛ばしてしまった…)
 しかし口付けているところを仲間に見られるのはなあとカインが思いをめぐらせていると、
「あ、ああ……とんだじゃじゃ馬なモンスターが出てさ、可愛いんだけど何しろ凶暴で」
 とんでもない言葉が聞こえてきて、考えるより先にエッジの肩を壁に押し付けていた。
 それを見ていたセシルが首を傾げる。
「そんな可愛いモンスターなら僕も会ってみたいよ。そういえばカイン、モルボルとか蔦に襲われたりしなかった?」
「やだもう、セシルったら!それってチョコボが言ってた話でしょ?この二人に襲いかかるわけないじゃない」
 口元に手をあてながら楽しげにリディアが言う。
「『モルボルは恋人同士の精が大好物なんだ。オイラも彼女とキスしている時に襲われてさあ。まあこの短剣を持ってたから大丈夫だったんだけど』」
 リディアがチョコボの声音を交えて話したので、ローザはお腹を抱えて笑った。
「似てるわ、リディア」
 リディアの物真似はこの際問題ではない。
 エッジが喜びを隠せないといった表情でリディアに問いかける。
「…恋人同士がキスしたら、モルボルが現れるってことか?」
「そうらしいよ。あの短剣を持っていなければ散々精を吸いとった後、何事もなかったみたいにどっかに行っちゃうんだって!それでね、それでね」
「リディア、進みながら話しましょう?エッジ、まだ痛かったら言ってね。またケアルラをかけるから」
 セシルを先頭に、ローザとリディアは歩き始める。
 足を動かそうと思うのに、カインの足は固まったままだ。
(恋人同士って…恋人同士って…!)
 思考が働かない。
 自分達は恋人同士ではない、と思うのに、頬が熱くて堪らなくて。
 エッジがカインの手を握り、歯を見せて微笑みながら耳元に唇を寄せる。
「俺のこと、好きか?」
 確かめるように顔を覗き込まれた。

 真っ直ぐな瞳。
 ああ、誤魔化しはきかない。
 いい大人の癖に子供みたいな顔をするこの男には、嘘は通用しない。

「…ああ」
 エッジが破顔する。
 その笑顔に心臓が大きく跳ねた。
「何してるの二人ともー!置いて行っちゃうよー!」
 リディアが大声で叫んでいる。
「今行く!…エッジ、行くぞ」
 手を繋いだまま歩き出す。
 エッジの嬉しそうな笑い声が聞こえた。





End


Story

その他