何故か、彼が私以外の誰かに笑顔を向ける度に、私の胸は痛くなる。



 カイナッツォが、スケルトン達と話をしている。
 それをちらちらと目で追いながら、私は植木の手入れをしていた。
「スカルミリョーネ!!」
 カイナッツォが大きな声で私を呼ぶ。スケルトン達に「じゃあな」と言い、こちらへ歩み寄ってきた。
 私が彼を見上げる形になる。太陽を背に、彼は笑っていた。
「どうした、変な顔して」
「……いや」
 植木鉢から手を離し、手のひらをはたいて土を落とす。
 私は、おかしな顔をしていたのだろうか。自分では分からなかった。
「それにしても、お前に土いじりの趣味があるとはなあ。まあ、『土のスカルミリョーネ』って名乗ってるくらいだからな、趣味としては悪かねえ」
くかかかか、歯を見せて笑い、カイナッツォはしゃがみ込んだ。
「ところで、何を植えたんだ?ちいせえ葉っぱだな」
 ぽわぽわした産毛の生えている青々しい葉を指先で撫で、私の目をじっと見つめてくる。
 白目がちな目の中にある小さくて黒い瞳は、真剣な色をしていた。
「……おい、また変な顔してるぞ」
 口をへの字にして、彼は呟く。
 私の胸は一つ跳ね、
「お前、俺に何か隠し事をしているだろう」
 次の言葉で、馬鹿みたいに暴れだした。
 これはいけない、と直感で察知する。このままでは流されてしまう。
 この鉢植えの秘密を、知られるわけにはいかない。
「あっ!!こら待て!!」
 鉢植えを持って、走り出す。先手必勝、ホールドをかけられる前にとサンダーを唱えた。
 背後でばちばちと光が瞬いている間に、“非常口”を取り出し、目の前に設置する。
「スカルミリョーネッ!!」
 非常口に飛び込む。カイナッツォの声は聞こえなくなった。





「……んだよ、あの野郎……」
 俯いて目蓋を閉じる。スカルミリョーネの怯えたような瞳が、目蓋の裏でちらついた。
 あいつは何に怯えてやがるんだ。
 スカルミリョーネは、俺の顔を見る度に痛そうな表情をする。あの金色の瞳が蝋燭の火みたいに揺れる度、俺の胸はぎゅうぎゅうと痛む。
 あいつに「お前を抱いてもいいか」と訊いたのは、数日前のことだ。「嫌だ」と即答された。
 何年も前から――多分、出会ってすぐの頃から――俺は、スカルミリョーネが欲しい、と思っていた。
 押し倒して、今すぐにでも自分のものにしてしまいたい。
 そんな衝動を、なけなしの理性で押し殺してきた。
 だって、俺は本当にあいつのことを大事にしたいと思っているんだ。本能だけで抱いたらあいつを無茶苦茶にしてしまうことは分かっているから、必死で我慢している。
 でも、それも限界だ。俺の中にある“理性の糸”は、今にも切れそうになってしまっている。
 組み敷いたら、スカルミリョーネはどんな風に瞳を揺らすんだろう。あいつの肉は、どんな味がするんだろう。
 顔を上げ、スカルミリョーネが消えた先を見た。行き先は分かっている。あいつはいつも、あの場所で縮こまっているから。
「俺の気も知らねえで……」



 スカルミリョーネは、思った通りの場所で縮こまっていた。
 試練の山にある大きな岩陰に背を預け、大きな鉢植えを抱きしめている。
「おい」と声をかけようとして気づく。スカルミリョーネはこっくりこっくりと居眠りをしていた。
 そういえば、長い付き合いになるのに、スカルミリョーネが寝ているところを一度も見たことがない。
 心惹かれ、そっと近づく。鉢植えを退けて、空いた場所に潜り込んだ。
 途端、どくん、と心臓が鳴る。
 スカルミリョーネがこんなに近くにいる。思うだけでどうにかなりそうだった。
 下手に動いたら、起こしてしまうかもしれない。分かりつつ、茶色いローブに包まれている頭を胸元に抱き寄せる。
 ずっと前から、想像していた。
 こいつを抱きしめたら、どんな感触がするんだろう。どんな熱さをしているんだろう。
 実際に触れてみたら、アンデッドだからか、スカルミリョーネの体温は酷く低かった。反対に、こいつの体に触れている俺の体は、驚くほど熱くなっていく。
「ああもう、ったくよお」
 馬鹿げている。
 モンスターである俺が、こいつを壊してしまうことを恐れているだなんて。
 嫌われるんじゃないかとびくびくしているだなんて。
「……ん?」
 スカルミリョーネが身動ぎし、瞬間、やつの胸元から紙切れが覗いているのが見えた。取り出して広げる。何やら、文字が書かれていた。

 種を植える時の注意。
 虫がついた時の対処法。
 花が咲いた後の、対処の仕方。
 それから、香油の作り方。
 香油の使用法。

「香油?」
 ああ、思い出した。そういえば、こいつは自分のにおいを必要以上に嫌がっていたな。気にするなと俺が言っても、悲しそうに首を横に振るだけだった。
 そうか、こいつはこの鉢植えで花を育てて、それから香油を作るつもりだったのか。
「ん、んん……」
 後の話は本人に訊かなきゃ分からねえなと思っていたら、スカルミリョーネが大きな伸びをして目を覚ました。金色の瞳が輝き、それからやつは固まった。
「カイナ……ッツォ……ッ!?」
「よお」
「あ……え……、何でここに……!」
「単刀直入に訊く。香油をどうするつもりだったんだ?」
 ぴらぴらとメモを振りながら訊ねると、黒くて小さい手を震わせながら、「言えない」と首を横に振った。
「お前、『においを消したい』と思ってるんだろ。だから、香油を作ろうなんて考えたんじゃねえのか?」
「………それ、は……」
「違うか?」
 強く抱きしめながら再度訊ねると、スカルミリョーネは恐る恐る、といった調子で抱きしめ返してきた。
 これは、本当に予想外のことで、俺の胸は壊れたように早鐘を打ち続けていた。
 スカルミリョーネが、小さく呟く。
「私は、スケルトン達が羨ましかったんだ……」
「え?」
 予想外の言葉が返ってきて、驚いた。
「お前はいつも、スケルトンや……他のモンスター達と楽しげに話をしていて……それが羨ましくて……」
「それが何で、香油を作ることに繋がるんだよ」
 俺の胸から顔を離し、スカルミリョーネはこちらを仰ぎ見た。
「私はお前に不快な思いをさせたくないんだ。こうして抱きしめ合うのも、本当は嫌なんじゃないのか?……どうにかにおいを消す方法を探しだすから、それまでは私に近づかないで欲し――――」
「誰が嫌だなんて言った!?嫌なはずねえだろ。お前のにおいはいいにおいだぞ」
「そんなはずはない、だって私はアンデッドで……」
「それより、だ。スケルトン達と話しているのが羨ましかった、って言ったな。それって、嫉妬ってやつじゃねえのか?」
 スカルミリョーネは固まってしまった。
「期待しちまうぞ。いいんだな?」
 ゆっくりと顔を上げ、くすぐったそうな表情でスカルミリョーネは頷いた。


End


戻る