カインさんはいつだって厳しくて、いつだって優しくて――――だから、この感情は憧れからくるものなのだと最初は思っていたんだ。
「……どうした?」
眠ることができずに魔導船を下りて行くと、ぼんやりとした表情のカインさんが、空を見上げて立っていた。
「怖い夢でも見たのか?」
「ちがい、ます」
彼は、いつも僕を子ども扱いする。気に入らなくて頬を膨らませると、彼は微笑み、僕の頭を撫でた。
「腹が減ったのか?」
「違います」
「ホームシックか?」
「ち、違いますってば!」
カインさんは、笑っていた。
聖竜騎士になってからの彼は、よく笑うようになった気がする。
頭に置かれた手をとると、それはやけに冷えていた。
「……カインさんは、いつからここに?」
彼は、返事をしなかった。ただ微笑みを湛え、空を見上げていた。
「……青き星が」
と、唐突に口を開く。
「え?」
冷たくて白い手を握りしめ、僕は彼の横顔を見つめた。
「青き星が、妙に恋しく感じられてな」
見上げた場所にあるのは、あまりにも近い位置にある青き星の姿だった。青と白と緑のコントラストが、焼けつくような勢いで瞳の奥に迫ってくる。
あの星に、自分の故郷がある。そう思いながら見つめていると、だんだん、不思議な気持ちになってくる。ふわふわと足元が落ち着かないような、あの光に吸い込まれてしまいそうな、夢の中のような気分だ。
何だか怖くなってカインさんの手を両手で掴む。瞳をこちらに向けた彼は、「やっぱり子どもだ」と目を細めた。
「……子ども……なんかじゃ……」
大きな声では言えなかった。この行動が子どもでないのだとしたら、どういう行動を子どもっぽいというのだろう。
だんだん恥ずかしくなってきた。カインさんと距離をおこうとして、手を離す。
「セオドア」
彼は、言葉と共に僕の体をぎゅっと抱きしめた。
体の冷たさから、彼がそれなりの時間、この場所にいたことが分かる。冷えた体を少しでも温めたくて胸元に顔を埋めると、彼は僕の髪を梳いて、抱く腕に力を籠めた。
抱きしめられるのは、これが初めてじゃない。
二人で旅をしているとき――遥か昔のことのように思えた――も、カインさんは時たま、僕の体を抱きしめてくることがあった。以前は、『人を抱きしめる癖がある人なのか』と思っていたのだけれど、今は、それが勘違いだったのだと分かる。
「……お前は温かいな」
「カインさんが冷たいんですよ」
「そうかもしれん」
父さんの親友で……母さんのことを想っていた人で。
何者にも負けない実力と強さを持っているように見えていたのに、バロン城で垣間見えたカインさんの表情は、今ままで見えていたものとはまるで違っていた。
この人にも、誰にも言えない秘密があるのだ。
きっと、数え切れないほどの傷が、この胸の奥には隠されている。
「……俺達の星に帰ったら……お前に、槍の稽古をつけてやろう。お前が少しでも早く一人前の騎士になれるよう、とことん扱いてやる」
「の、望むところです」
稽古の厳しさを想像すると、恐怖を感じずにはいられない。けれど、カインさんの弾むような声が、とても嬉しい。
「……帰ったら、美味しいものを食べよう」
「はい」
「やわらかい布団で、朝まで眠ろう」
「……はい」
「世界中を見渡して、皆を守れるようになろう…………もう、誰も傷つかずにすむように」
この人は、どんな顔をしているのだろう。見上げると、やっぱり彼は微笑んでいた。
とても綺麗な笑顔だ。
色々な壁を越えていったら、僕もカインさんのように、優しくて強い人になれるんだろうか。
「はい、カインさん」
頷いて答え、僕も笑う。
「良い返事だ」
カインさんの体が少し温かくなっていることに気づき、それでもまだ彼に触れていたくて、彼の背に手を回した。
End