扉を開くと、部屋が薄暗くて臭かった。
やけに甘ったるくて、わけの分からない臭いがした。
「……くせえ」
言うと、部屋の真ん中に蹲っていた茶色い物体が顔を上げた。
気づいたか、と問いかける。
「おい、何だよこれ」
「あ、ああ」
返ってきたのは、曖昧な言葉だった。
「ああって……」
「今は取り込み中だ。……で、出て行ってくれ」
こそこそと手元を動かしながら、スカルミリョーネは呟いた。
何だよ、隠し事かよ、と俺はいらつき、ずかずかと部屋に侵入し、スカルミリョーネのローブの頭の部分をぐいっと引っ張り上げた。
「ひっ!」
スカルミリョーネの手から何かが転がり落ち、ローブの裾を掠めていった。
「も、燃える……っ!」
「え?」
じりじり、という小さな音が聞こえてくる。転がり落ちたものはキャンドルで、そのキャンドルに点けられた火がローブを焦がしていた。
スカルミリョーネは必死の形相で――と言っても、分かるのは瞳の瞬きだけだったが――火を消そうとローブを叩いている。しかし元来火に弱いため、上手く消すことができない。
横倒しになったキャンドルを立て、震えている奴の手首を強く握る。
空いている方の手に力を籠めて水を放てば、ローブの火が消えた。スカルミリョーネが、こちらに凭れかかってくる。
俺の方を見、キャンドルを見、焦げた裾を見、そうしてから、大きな溜息を一つついた。
「……悪かったな」
痛みを感じないとはいえ、スカルミリョーネに怪我をさせてしまうなんて本意ではない。そう思って謝ると、スカルミリョーネはゆるゆると首を横に振った。
「別に、いい」
「良くはないだろ。……なあ、何でキャンドルを隠してたんだ?しかも、こんな甘ったるい匂いのするキャンドルをよお」
「それは……」
口を噤み、俺の腕から逃れようと身を捩る。強く抱きすくめ、「やましいことでもあるのか」と耳元で囁いた。
「何もない……ただ……消せないか、と思って」
「消す?何を?」
キャンドルの火が弱まっていく。銀の燭台に立てられたそれは、短くなって消えかかっていた。
「……臭いを、だ」
「臭いって、お前」
「私の臭いだ……」
徐々に小さくなっていく声。重なるようにして、キャンドルの火が掻き消えた。
「前から、この体臭が嫌で嫌で堪らなかったんだ」
「しょうがねえだろうが。お前はアンデッドなんだから」
おかしなことを言う奴だ、と思う。首を横に振り、スカルミリョーネは俺の顔を見た。
「今までは、それでも良かったんだ。誰かと触れ合うこともなかったし、アンデッド系のモンスター以外と話す機会も殆どなかったからな」
暗闇の中で浮く金色の光が、ちろちろと揺れて心の揺れを表していた。
こいつは何を言おうとしている。どくり、胸が鳴った。
「……でも、お前は……アンデッドじゃない……お前に不快な思いをさせているんじゃないかと、私は」
金色が泣きそうに光った。光っただけだったが、俺には分かる。
スカルミリョーネは今にも泣きだしそうだった。
「馬鹿だな」
本能に似た何かが胸の底からせり上がってきて、呻くように呟く。
「誰が不快だなんて言ったよ。この甘ったるい臭いの方が不快だ。お前の匂いはいい匂いだよ。誰が何と言おうと、いい匂いだ!!」
「い、いい匂い、いい匂いと連呼しないでくれ、恥ずかしい……」
「いい匂いって言ったらいい匂いなんだよ、分かったか!」
「…………ああ……」
俺の胸に頭を擦りつけ、躊躇いがちに縋りついてくる。
堪らなく幸せな気分になって、強く強く抱きしめた。
End