「勘弁してください!」
「嫌だ」
「俺も嫌です」
「私はひかんぞ」
「ひいてください」
「断る」
「どうしてですか!何故、そんなに俺を……だ、抱きたがるんですっ!」
「どうしても何も、私は何かを抱いていないと眠れないんだ」
***
そうですかそうですか、俺はただの安眠抱き枕でしたか。ってことは、俺でなくても、酒場にいるお姉さんでも果ては単なるクッションでもいいってわけだ。
俺は身近にいたから目標にされただけで、ゴルベーザ様は俺でなくても良かったと。そういうことか。
毎晩のように抱きしめてきたのは、睡眠不足を避けるためだったのか。
「……ありえない。俺がどれほど……」
どれほど、あの人に心を乱されていると思っているんだろう。
寂しげな顔をしてみたり、かと思えば笑ってみたり、怒ってみたり。時々、泣いていたりもする。
そしてそんな百面相を見ているうちに、俺は、ゴルベーザ様から目を離せなくなっていたんだ。
俺を抱くときの、優しい手つき。強く抱きしめるとき、彼はいつも笑っている。
「……ゴルベーザ様」
誰でも、良かったなんて。
「これでもいいんじゃない?あ、これもいいかも。ほら、これも渡してきなさいよ、ほら」
ぬいぐるみをぽんぽんと投げながら、バルバリシアが言った。
「ほんと、馬鹿よねえ、ゴルベーザ様も。……ああ、これなんかいいんじゃない?あんたそっくりよ、この玩具」
「うわっ!」
ブリキでできた玩具を思い切り投げつけられた。ぜんまい仕掛けの飛竜の玩具だ。俺そっくりという言葉に、思わず顔が熱くなる。
バルバリシアの部屋に来たのは、ゴルベーザ様に「俺の代わりにしてください」と嫌味たらしくぬいぐるみを渡すためだった。
バルバリシアも、モンスターとはいえ女性。もしかしたら、ぬいぐるみの一つや二つ、持っているかもしれないと思って尋ねてきたのだ。そうしたら、大きな箱を部屋の隅から引っ張り出してきた。
「……どうして、こんな大量の玩具を持っているんだ。玩具集めが趣味なのか?」
「まさか!これは全部、ゴルベーザ様のものよ」
「え?」
「ゴルベーザ様が昔、遊んでいたものなの。ずっと小さい頃ね」
言いながら、バルバリシアは大きな鳥のぬいぐるみの頭を撫でた。
「あの方はね、私たち四天王が来るまでずっと独りだったの。独りで、この塔で遊んでいたのよ」
「……ゴルベーザ様が……?」
「ええ。それから、よくこの飛竜の玩具を抱いて眠ってたわ。何かに触れながらでないと眠れないって。闇に堕ちて、戻ってこられなくなってしまいそうだからって」
俺の手から、飛竜の玩具が零れ落ちた。じじじ、という音をたてて飛竜が羽ばたき始める。けれど羽ばたいただけで、飛ぶことはなかった。
玩具の羽根の隅は、錆付いている。
『どうしても何も、私は何かを抱いていないと眠れないんだ』
あの言葉には、どれだけの痛みが隠されていたのだろう。
***
カインの体は、玩具などとは違って温かかった。
抱いていると胸が軋み、目を閉じるとすぐに眠ることができた。
いつの間にか、規則正しい彼の寝息が、当たり前になっていた。
抱きしめるだけでは飽き足らず、体を繋げてしまう事も多かったから、それがカインの体に負担をかけてしまっていたのだろう。
距離の取り方が分からなかった。
カインは玩具とは違う、生身の人間なのに。
カインの部屋へ行こう、と思った。謝らなければ、と思った。立ち上がり、扉へ向かう。開いた瞬間、何かにぶつかった。
思わず、抱きとめる。
「……カイン」
抱きとめるだけでは駄目で、強く強く抱きしめた。
「ゴルベーザ様……」
カインの手には、懐かしい飛竜の玩具があった。独りきりだった頃のことを思い出す。そういえば、この玩具を抱いて眠っていたこともあった。
冷たい飛竜は、何も話さない。私を傷つけはしないけれど、癒してくれることもない。
「申し訳ありませんでした」
腕の中で、カインは小さく言った。
「謝るのは私の方だ。……体が辛かったのだろう?無理をさせてしまったな」
「いいえ、俺は……そんなことより、もっとゴルベーザ様のお気持ちを考えるべきでした」
その言葉で分かった。玩具といい、バルバリシアが何か言ったに違いない。カインを抱きしめながら、私は呟いた。
「……お前以外のものを抱いて眠るだなんて、もう考えられん」
カインが、瞳を潤ませてこちらを見上げてくる。
ブリキの飛竜が金属音をたてて羽ばたき、宙を舞った。
End