きらきらとしたあの青い瞳を見ていると、くすぐったくなる。
俺の全てを受け入れている、何もかもを信じているという瞳。子どもの色を多量に含んでいるその瞳は、時折驚くほど大人びた色を纏って微笑むのだ。
「――――カインさん!」
瞼を開くと、ぱっと光が飛び込んできた。
青空の色、太陽の白い眩しさ、それから。
「…………セオドア」
「おはようございますっ、カインさん!」
そうか、俺は眠ってしまっていたのか。
草に横たわったまま、俺はセオドアの笑顔を見上げた。
「父さんが、散歩に行ったって教えてくれたんです。でもまさかこんなところで寝てるだなんて思いませんでした」
「俺も、まさか眠ってしまうだなんて思っていなかった」
軽く言うと、セオドアはにこにこと嬉しそうにしながらこちらに手を差し出してきた。
一瞬ためらった後、その手を握って起き上がる。体温の高い手だと思った。
「今日はほんと、いい天気ですもんね」
言って、俺の手を握りしめたまま、空を見上げる。
「そうだな」
真っ青な空の中を、白い雲が少し駆け足で流れていく。風が強いのだ。
「……魔物が凶暴でなくなったから……だから、俺はこの場所で昼寝することができたんだな」
平静さを取り戻した魔物達は、意味のない殺生をしようとはしなかった。
俺が幼かった頃と同じ、あの穏やかな日常が戻ってきているのを感じる。
「…………カインさん?」
どこか遠くを見ていた俺に気づいたのだろう。セオドアは、焦ったような調子で俺の手をきつく握った。
「僕と話している時に、どこかへ行くのはやめてください」
「……俺はここにいるぞ?」
「こころ、の話です」
「心?」
「心です」
「心、か」
「はい。……カインさんは、時々どこか別のところを見ていて……よく分からないんですけど、不安になるんです。どこかに行ってしまいそうで」
バロンに戻ってから、俺は過去のことを思い出すことが多くなっていた。
当然といえば当然だ。城の壁、街の作り、水路、部屋の一つ一つ、住む人々、それら全てが皆懐かしく、過去を思い起こさせるものばかりだった。
俺はここで生まれ、そして育ったのだ。試練の山の上にいる最中は止まっていた心の時計が、チクタクと音をたてて動き出すのを感じていた。
「俺はどこへも行かない」
笑ってみせると、セオドアは微かに頬を膨らませてみせた。
セシルの幼い頃によく似ている、と思ったが、それは口にしなかった。口にしたら、セオドアを更に拗ねさせることになるだろうと思った。
「――――あっ! シロツメクサ!」
言いながら、セオドアは一輪の花を手折った。
青くささと微かな蜜の香りが鼻を優しくくすぐる。俺は、その花の香りにも懐かしさを覚えていた。
幼い頃、この花で色々なものを作った。王冠やブレスレット、ネックレス、指輪。
記憶の中にいるセシルとローザは、今眼の前にいるセオドアと同じ笑顔をしていたように思う。
何故だろう、胸がぎゅっと痛くなった。心臓を撫でられたかのようだった。
セオドアはシロツメクサを幾つか手折り、何かを作り始めた。
輪になっていくそれを、じっと見つめる。
「いい匂いがする」
完成したそれをくんくんとかいでから、セオドアはその輪を俺の頭の上に乗せた。
「……王様……ですね、カインさん!」
「おかしなことを言う奴だ。……王様はセシルで、その次の王様はお前だろう? 何故俺が王様なんだ」
「……僕の中では、父さんもカインさんも王様なんです。超えなければいけない王様で、目標で、あこがれで――――」
俺を覗き込む、青い瞳。
「――――でも、あこがれだけ、あこがれのままじゃあ駄目だなあって最近思います。だって僕は」
「僕は? 何だ?」
ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返して、セオドアは「ひ、秘密です!」と立ち上がった。
その必死な様が子どもっぽくて愛おしくて、思わず笑ってしまう。
「秘密なのか。……それはいつ教えてもらえるんだ?」
「も、もう少し背が伸びたら! そうしたら……言います! 絶対に!」
セオドアは真剣な眼差しを俺に向け、ぐっと強く拳を握った。
End