カインの瞳がせわしなく辺りを見渡した。
『何をされるのか分からない』という顔で、手首にはめられた枷を見る。枷には鎖がついていて、その鎖はベッドに固定されていた。
「ゴルベーザ様、あの……」
枷を見、ゴルベーザの顔を見る。不安を滲ませながら、微かに身を捩った。
「あ……!」
無言のまま、ゴルベーザはゆっくりとカインの服を剥いだ。シャツのボタンを外し、あらわになった胸元をそろりと撫でる。指先が冷たかったのか、カインは瞼をきつく閉じた。
「ゴルベーザ様……お、俺は……自分の、部屋に……っ!」
『自分の部屋に戻ります』。カインはそう言いたいのだろう。だが、舌がこんがらがってしまって最後まで言い切れない。結果、不自由な手でシーツを掴んで息を殺すこととなった。
「……ゴ、ゴルベーザ様……何をなさるおつもりですか……?!」
「お前とベッドの上ですることなど、一つしかないだろう?」
「う……っ! ち、違います! そういうことを訊きたかったわけではなくて……! たし、かに俺はゴルベーザ様にだか……抱かれています! でも、こんなものを使ったことは、一度もなかったではありませんか」
『こんなもの』――――枷をおずおずと見て、カインはごくりと唾を飲み込んだ。
「……ゴルベーザ様は、俺を痛めつけたいんですか?」
泣き出しそうな表情で顔を染めながら、
「俺のことを、痛めつけたいほど忌々しいと…………?」
彼に尻尾があったら、それはすっかり力をなくしていたに違いなかった。
ゴルベーザは、カインのことを忌々しいと思ったことはない。だが、自分の感情を忌々しいと思うことがよくあった。
カインが誰かと話す度、心が乱れた。
カインが「出かけます」と言う度、二度と戻ってこないのではないかという考えに囚われた。
カインが「ゴルベーザ様」と言う度、これは洗脳の術で言わされているだけでカインの本当の言葉ではないのだ、と胸が重くなった。
カインという存在が、ゴルベーザの心を嫌というほど掻き乱す。ゴルベーザは、カイン一人に心を掻き乱されてしまう自分自身に心底嫌気が差していた。
「ひっ!」
枷に引っかかっていたシャツを、魔法で思いきり破いた。乱暴な行動にカインが震える。下衣を下ろすと、びくりと腰が浮いた。
「……私が怖いか?」
何度も抱いているが、乱暴に抱いたことは一度もなかった。術をかけられたカインは従順で、乱暴にする理由も意味もなかったからだった。だが今は、酷く乱暴にしたいと思う。
怯えの滲んだ青い瞳が、うろうろと彷徨う。その瞳を見ていると、心臓が痛むような気がした。そうしてゴルベーザはまた、カインという存在に振り回されている自分自身に心底嫌気が差すのだった。
そうだ、隠してしまえばいい。
ゴルベーザは、傍にあった布を手に取った。カインの目を覆うようにぐるりと巻き、解けぬようにきつく結ぶ。カインは絶句し――――ぐったりと、まるで投げ出すかのようにその身をベッドに横たえた。唇を微かに噛んでいる。
「腰を上げろ」
ゴルベーザが言うと、カインはのろのろとした調子で腰を少し上げた。カインの腰の下にクッションを置く。自分の体勢の淫猥さに気づいたのか、カインは耳まで真っ赤になった。
前が見えない、ということは恐ろしいことだろう。
『一体何をされるのだろう、ゴルベーザ様は何故こんなことをするのだろう』
ゴルベーザが覗いてみると、カインの頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
「ふ、ぁ……う……っ」
開いた唇の間に指を挿し入れ舐めさせてから後腔に触れると、カインの唇から声が漏れ出た。
昨日犯したばかりのそこは、難なく指を受け入れる。
「い……ッ、あ……や、あぁ……」
ぐるりと回してから、今度は指を二本に増やした。カインのペニスが芯を持ち始める。ゆるい刺激を与え続けていると、切なげに腰を揺らした。
指を引き抜くと、くちゅ、といやらしい音がした。
「あ……ッ……ゴルベーザ様……」
指を失った後腔が、快感を求めてひくついている。「欲しいのか」とゴルベーザが問うと、カインは「そんな、わけ……」と口篭った。
望み通りくれてやろう、と、ゴルベーザは傍にある棚から小瓶を取り出した。小瓶の蓋を開け、無防備にさらされている後腔に突き立てる。
「あぁ……ッ! うぁ、ああ、あッ! な、なに……っひッ!」
カインの中に、液体を流し込んでいく。驚き暴れる足が虚空を蹴った。中身が全てなくなったのを確かめてから、小瓶を勢い良く引き抜いた。
ほっと力を抜いたカインの体を押さえつけ、二本目を挿入する。
同じように三本目、四本目、と流し込み続け――――五本目を流し込んでいる最中に、カインの様子が変わった。
「……あ、あつ……あつ、いぃ……ッ」
唇がだらしなく開き、飲み込めなくなった唾液がだらりと垂れた。自由にならないと分かっているはずなのに、カインは拘束された腕を無闇矢鱈に動かして下腹部に触れようとしている。
錯乱、という言葉がぴったりだった。
「どうした?」
何もかもを知っていながら、ゴルベーザは優しい口調で問いかけた。はあはあと息を荒げながら、カインはゆっくりと首を横に振る。入ったままの小瓶を出し入れすると、入りきらなかった液体がとろとろと流れた。
流れたそれを指に絡め、ゴルベーザはカインのペニスを軽く握った。
「あッ、ひ、ぃ……ッ!」
小瓶を抜き、親指で先端を刺激する。カインのペニスは今にも達してしまいそうなほど勃ち上がっていた。
切なげに鼻を鳴らして、「お許し下さい」とカインは呟く。
「出させ、てください……」
ゴルベーザの手淫は達せそうにないほどぬるく甘いものだった。まるで生殺しだ。
「体が、あつく、て……っあぁッ!!」
達することができぬようにと、ゴルベーザはカインのペニスにリボンを結ぶ。かちかち、とカインの歯が鳴った。
カインは、小瓶の中に入っていた液体――――媚薬の効果に踊らされている。消し去ることのできない淫靡な熱が、彼の体の中を覆い尽くしていた。
達することができないから、満たされることもない。手を拘束されているから、自慰に走ることもできない。視界を奪われているから、自分の状態を確認することもできない。
「ゴルベーザ様……ゴルベーザ様、ぁ……ッ」
カインにできることといえば、目の前の悪漢に言葉で縋りつくことだけで。
「……カイン。お前は私にどうして欲しい?」
震える頤を指先で持ち上げて、ゴルベーザは問うた。涙で濡れそぼってしまった目隠しを見つめて、嗤う。
「…………俺の……を縛っているものを、解いてください……」
「それから?」
「いかせ、て、ください……っ」
カインの顔が羞恥に染まる。
ゴルベーザは笑いを噛み殺しながら、ペニスの先端をやわらかく蕩けているその場所にあてた。
「あ……ッ! だ、だめ、です、先に解い、て、ああぁ、あッ、あぁッ!!」
カインの背が仰け反った。悲鳴のような喘ぎをあげる。構わずゴルベーザが腰を進めると、更に大きな悲鳴があがった。
「うあ、う……うぅ……ッ」
喉がひゅうひゅうと鳴っている。本当なら、挿入された瞬間に射精してしまっていただろう。だが、カインのそれは戒められてしまっていて出すことを許されていなかった。
膝裏を押さえつけ、ゴルベーザは抽迭を続けた。媚薬によってやわらかく蕩けて濡れたその場所は、貪欲にペニスを飲み込んで快楽を欲しがっていた。
突く度、飲み込むように絡みついてくる。
「い、いや、あァッ、ひッ、あ、あッ、う」
自らのペニスに触れたいのだろう。枷に戒められているカインの手が、何度も空を掴んだ。
どんな表情をしているのだろう、とゴルベーザは思う。
「……カイン」
見たら、胸が痛くなる。そんなことは分かっていた。それでもカインの表情が見たくて、青い瞳が見たくて、目隠しを外す。
涙に濡れた青い瞳がゴルベーザを見上げている。眦は朱を刷いたように赤くなっていた。
「ゴル、ベーザ、様、あ……ッ! んッ、あぁ……! んぅ……ッ」
乳首を撫でて、開きっぱなしの唇を唇で塞いだ。
開放を望んで震えているペニスに手を伸ばす。
「ひ…………ッ!!」
声もなかった。戒めを解いた瞬間、白濁がカインの腹の上に散った。
放心状態になったカインの瞳が、うろうろと彷徨ってゴルベーザの姿をとらえる。目を覚まさせるかのように、ゴルベーザは腰を思い切り奥の奥まで打ち込んだ。
「うぁ、ああッ、あッ!!……な、な……ッ!?」
白濁を吐き出したはずのペニスが、またかたく勃ち上がっている。だらだらと流れる先走りは明らかに異常だった。
「……何度か射精すればおさまるだろう。あと十回は必要だろうが」
信じられない、という眼差しをゴルベーザに向けて、カインは首を横に振った。
End