「前から思っていたんだが」
 ゴルベーザ様が、唐突に言った。あまりに唐突だったので、俺は「え?」と言うしかなかった。
 俺はゴルベーザ様に組み敷かれていて、足をおっぴろげている。こんな状況でこれ以上どんな反応をすればいいのか、俺には分からない。
「お前の中は狭すぎると思う」
「…………っ!?」
 かああっ、と顔が熱くなるのを感じる。耳まで熱い。同時に、ぱあん、という乾いた音が部屋に響くのを聞いた。
「…………あ」
 手のひらを見る。
 俺は、ゴルベーザ様に平手打ちをくらわせてしまっていた。


***


「――――というわけなんだが。それから口をきこうともしない」
「それは、ゴルベーザ様が悪いです」
 バルバリシアが、にべもなく言った。
「俺も悪いと思います」
 カイナッツォがはっきりと言った。
「流石にそれは庇いようもありません」
 ルビカンテが、抑揚のない声で言った。
「……私も……そう、思います……」
 スカルミリョーネが小さな声で言った。
 私は頭を掻いた。まさか四天王全員に“悪い”と言われてしまうとは思ってもみなかった。
「……そうか」
 と言うのが精いっぱいで、他には何も言うことができない。
 何が悪かったのだろうと考えてみるのだが、これっぽっちも分からない。
 そんな私を見かねたのか、バルバリシアが溜息をついて口にする。
「確かにね、狭いものは狭いのかもしれません。それでも、それを口にしちゃ駄目なときがあるんですよ!」
「事実を言ったまでなんだが」
「それが駄目なんです!……もうっ、ルビカンテ、お願い」
 お手上げ、と、バルバリシアはルビカンテの肩を叩いた。ルビカンテは珍しく目を丸くし、困り果てた顔をしていた。
「……あのですね、ゴルベーザ様。人間には羞恥心というものがあってですね。いや、それは私達モンスターにもあるんですが、その、つまり――」
「だああっ!!まどろっこしい!!ルビカンテ、どけ、俺が言う!!」
 額に汗を滲ませながら必死で話していたルビカンテを押し退け、カイナッツォはまくしたて始めた。
「ゴルベーザ様!つまり、カインは恥ずかしかったんですっ!んな状況でんなことを言われて、恥ずかしさが頂点に達して、つい手が出ちまっただけなんですよ!!」
 スカルミリョーネがこくこくと頷いた。
「……恥ずかしくて、でも手を出したことはやりすぎだと思っていて、ゴルベーザ様と話せずにいるんでしょう」




 あの日から、カインは私の部屋に来ない。
 思念波で呼びかけようが直接声をかけようが、事務的なことにしか応えない。

 ――つまり、カインは恥ずかしかったんですっ!

 カイナッツォの言葉を反芻する。
「カイン」
 私の声に反応して、彼は廊下を歩く足を止めた。だが、振り向かない。
「……何か、御用ですか?」
 何を言えばいいのだろう。
 こういうとき、人間は何を口にするのだろう。
 そうか、胸にある感情を、そのまま口にすればよいのか。
 私は、恥をかかせたかったわけではないのだ。
「カイン、すまなかった」
 カインの肩がびくりと震えた。こちらを向く。
「すまなかった」
 もう一度口にすると、カインは少しだけ嬉しそうに唇の端を上げた。
「……ゴルベーザ様」
「私が、悪かった」
 カインが歩み寄ってくる。抱き寄せ、抱きしめた。
「カイン、聞いてくれ」
 耳元で囁くと、彼の肩が震える。
「狭いっていうのは、悪い意味で言ったんじゃなくて、だ、狭いのは狭いのでみりょくて……っき!?」
 ものすごい勢いで、拳が飛んできた。不意打ちに避けきることができず、まともにくらってしまう。兜が吹っ飛んだ。
「カ、カイン……?」
「もう、ゴルベーザ様なんて知りませんっ!!月でもどこでも、好きなところへ行ってください!!」
 そう言い残し、猛スピードで駆けていく。
 どうしよう。何が悪かったのだろう。
 ひとまず、助言を求めて四天王達に思念波で呼び掛けることにする。

『あああ、もう、ゴルベーザ様……』

 四天王全員が、大きな溜息をついた。




End




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ゴルカイ