剥き出しになった神経に触れられる。逃げることは許されない。

 自由にならない体は、男の施す愛撫を大人しく受け入れる。
 節張った手が髪を撫で、それだけで全身がびりびりと痺れが走り、息苦しさに喘いだ唇は、空気を取り入れる間も無く塞がれてしまう。
「……カイン」
 窓の外で、雨が降っているのが見えた。ゾット塔の窓は硝子が厚いらしく、雨音は聞こえない。
 ただ一つ聞こえてくるのは雨以外の濡れた音で、俺は耳を塞ぎたくなる。
 手を振り払いたいのに、振り払えない。幼い頃に感じたきりで、長らく与えられることのなかった温もりに、体だけでなく意識も差し出してしまいそうになる。
 ふわふわの柔らかいベッドが、追いうちをかけるように体を包み込んでいた。
「意識はあるんだろう?カイン」
 体が自由にならないままなので、答えられない。
 口腔を探っている舌は巧みに動き、俺の心の膜を剥がす。
 今まで必死に築き上げてきた理性でできた膜は、気付けば、殆んど消え失せようとしていた。
 乳首を食まれ仰け反ると、窓の外の雨と目が合う。悪天候の為に部屋は真っ暗で、男の表情を読み取ることすら俺にはできなかった。
「私にはお前が必要だ」
 鼓動が喧しく喚く。
 人からそんなことを言われたのは生まれて初めてのことで、目の前がちかりちかりと瞬いた。腹を辿る指先が、俺の勃ち上がりかけたペニスを優しく握る。
「…………ひ、ぁ……」
 生暖かい粘膜にくるまれ、おかしな声が漏れた。一瞬、現実に引き戻される。
 そのまま足をばたつかせようともがいてみたが、押さえつけられたので、結局は何の意味もなさなかった。
「寂しかったのか?」
 口淫をやめ、男がこちらに問うてくる。
 舌が、信じられない場所をつついた。
「誰かに抱き締められたかったのか?」
 男が俺の膝裏を持ち上げる。
 触れられた場所から滝のように激しい何かが入り込んできて怖くなり、激しく頭を振った。
「永遠に、お前の傍に居てやろう」
 甘美な誘い。
 下腹部が疼いた。
「言ってみるがいい。お前の本当の気持ちを」
 窓の外で雷が光り、瞬間、男の顔を照らし出す。恐ろしい顔をしていると思っていたのに、その顔は驚くほど若く、優しさに満ちていた。
 壊れる、と思う。
 何が本当のことなのか、分からなくなる。
「……ずっと、寂しかっ…………た……っ」
 知らぬ間に、唇が言葉を紡ぎ出していた。
「どうか……俺だけを……っ」
 どうか、俺だけを愛して欲しい。
 浅ましい願い。
 それを言い終わる前に、男の声が耳を撫でた。
「……分かった。お前だけを愛してやろう」
 唾液で滑った所に、固い猛りが押しあてられる。
 ひ、と喉が鳴った。体が強ばる。
「あ、あ……っ!」
 胸につくほど膝を折り曲げられ、
「……力を抜け」
 一気に貫かれた。
「あ、あ、ぁ……!」
 痛みの代わりにやってきたのは、感じたことのない位の快感で。
 だらしなく開いた唇から涎が顎を伝ったが、止める術が見つからない。
 男の肩に担がれた足の先から、引っ掛かっていた下着が落ちていくのが見えた。
『気持ち良いだろう』
 頭に直接響く声に、意識を持っていかれる。
『これで、どんな場所に逃げようとも、お前は私の声から逃れることは出来なくなった』
「う、あ、ぁっ」
 抽迭が始まる。内壁を擦られる感覚に喘ぐ。
 息が、出来ない。
『洗脳は特定の感覚を鋭敏にする。例えば、そう、快楽だとか』
 ぎ、ぎ、とベッドが軋む。
『愛されたいという欲求だとか』
「あ、あ、……あぁ、あっ!」
 洗脳は、心も体も、自分が知らなかった感覚をも暴き出す。
 セシルが憎い。ローザが欲しい。
 そんな醜い感情を、認めざるをえなくなる。
『私が、お前の寂しさを消してやろう』
 絶頂が近づいてくる。
 何もかもこの男に委ねてしまえば、楽になれるのだろうか。
「んん……っ!」
 腹を犯しているペニスが、更に太さを増した。
『中に出してやろう。お前の全てを、私のものにしてやる』
 不快な筈の言葉が、新たな快楽を生む。
『お前は私だけのものだ』
 逃れられない。
「ゴルベーザ、さ、ま……っ」
 途端、男が唇の端を持ち上げて笑う。
 放たれた精液を溢さずに受け止めながら、俺は彼方へと意識をやる。
 何故だろう、いつになく幸せな心持ちだった。




End






Story

ゴルカイ