最初、全く齢をとっていない私を見て、カインは少し驚いた顔をした。それから、
「……ああ、そうか……眠っていたから……」
と、独り言のように呟いた。
白く美しい姿に、その姿はどうしたのだと問うと、「自らを受け入れたのだ」と彼は微笑む。
以前は隠されていた、月に似たその横顔は、もう私だけのものではない。
胸を焼く感情。
あまりの自分勝手さに、心の中で笑った。
“私だけのものではない”?
彼が本当の意味で私のものになったことなど、たった一度だってありはしないのに。
焚き火の橙色に照らされ、彼の鎧が何とも表現し難い色に染まっている。青い瞳の奥底にある輝きが、眩しくて堪らなかった。
何かが壊れることを恐れて、無難な話をぽつりぽつりと話すことしかできない。
彼を捕らえる操りの糸を失った私は、とても臆病で不器用だった。触れようと思えばすぐに触れられる場所にいるのに。
カインが口を開いた。愛しむような表情をしながら、彼は言う。
「何だか、今でも不思議な気分だ。お前と共に戦っているだなんて」
「……そうだな」
笑い方が変わった、と思う。
以前は、どこか翳のある笑みをしていた。
「……まだ、その名を名乗っているんだな。お前の『償い』は、まだ終わっていないのか」
「ああ、終わっていない。……私の罪は、私が死ぬまで終わることはない」
彼と話していると、色褪せかけた過去が鮮やかに甦り始める。
彼の、煌めく金の髪が好きだった。
空に似た瞳が、長い指が、しゃんとした背が。
私を呼ぶときの、少し緊張したその声が。
「その罪の中には、お前に対する罪も含まれているんだ」
「……俺、に?」
洗脳で人形になってしまった彼を、いいように操った。しなやかな体をあらわにさせ、限界まで貪った。
寂しげな表情を見せる彼が、愛おしくて堪らなかった。
底の底まで堕としてしまいたいと思うその反面、本当の笑顔を見せて欲しいと思っていた。
愚かな望みだ。どれだけ時間が流れても、私の罪が消えることはないのに。
「……少なくとも、俺とのことは罪だなんて思う必要はない」
唐突に、カインは私の手をとった。手を引かれ、共に腰掛ける。少し体温が低いところも、変わっていない。
「あれは、俺の意思だった。お前と同じように、俺は世界の全てを憎んでいた。何もかもが嫌で堪らなかったんだ」
「カイン……」
「だから、俺は、お前の洗脳を振り解くことができなかった」
繋いだ手を、もう片方の手で包み込む。
上目遣いにこちらを見、
「覚えておいて欲しい。俺がお前を想う、あの気持ちは本物だった」
触れた場所から、焼けるような痺れが走る。操られていた彼が口にしていた言葉を思い出し、まさか、と首を横に振った。
――ゴルベーザ様、貴方を愛しています。
「俺は、お前のことを愛している。ずっと、忘れられなかった」
焚き火が掻き消える。
「お前が俺のことをただの仲間だと思っているのは分かっている。それでも」
言葉を遮るように背後にある岩にカインの背を押し付けて、瞳を覗き込む。
ただの仲間だなんて、思えるはずがなかった。
体を覆っていた装飾を外せば、以前のカインと何ら変わりはないのだろうと思っていた。
けれど、全く違った。鎧を外しても、彼は白いままだった。
「……痛くは、ないか」
「…………平気……だ……」
肩で息をしながら、カインは私のものを受け入れている。喘ぎを殺すために口元を押さえ、平気と口にしているくせに涙目になっていた。
「辛いなら、止めても構わんぞ……こんな場所で……お前も辛いだろう……?」
引き抜こうとした瞬間、
「いや、だ」
カインは腰を蠢かせる。
「……お前が、俺達の、星に……っ、戻ってくる気がないってことは、よく分かって……る……、だから、今しか、ないんだ……っ」
「カイン」
「お前の熱を感じられるのも、今だけ……」
そもそも、再開できたこと自体が奇跡なのだから。
彼の脚を折り曲げ、深く深く入り込んだ。息を詰めたカインの手を退け、その代わりに唇で唇を塞ぐ。ゆっくりと、腰を打ち付ける。甘い喘ぎを奪い取った。
揺さぶる度に、唯一つ、カインの体に残った武具である鉄靴が小さな金属音を響かせる。太腿の付け根まであるそれは、まるで竜の皮膚そのものだった。ひんやりとしていて、吸い付くようで。
「これも外せばよいのに」と言うと、「これは、着けるのに手間取るから」と苦笑する。
どうやら、他の者に見つかりそうになったときのことを考えているらしい。
抱き上げて、向かい合う格好で膝の上に座らせた。突き上げる。白い喉が仰け反った。金の髪が、汗ではりつく。
カインは、必死でしがみついてくる。
唇を噛み締めているのが見えた。
「……唇が、切れるぞ」
「だって……声……が……っ」
「私の指を噛んでいろ」
指で唇を撫でると、躊躇いつつも、カインは私の指を食んだ。
指先を襲う滑った感触に、体の芯が昂ぶっていくのを感じる。
「……う、う……っ、ん……んんん……っ」
繋がった場所から、湿った音が聞こえてくる。動かす速度を速くしていくと、カインも小さく腰を動かし始めた。
「……気持ち、良いか?カイン……ッ」
「……き、気持ち、い……っ、あ、あぁ、あ……っ!」
「私にとって、お前は、単なる仲間などではない……私は、お前を愛している。……今も、昔も」
「…………ゴルベーザ……ッ」
ぶる、とカインが身を震わせた。白い液体が互いの腹を汚し、彼は体の力全てを失ったかのようにこちらに体重を預けてくる。
「好き、だ、ゴルベーザ……」
それは、とても切なげな声だった。
彼と夜を共にしたのは、それが最後だった。
甘い言葉を交わすこともなく、私達は共に戦う。
あの夜は、幻だったのかもしれない。都合の良い夢を見ていただけなのかもしれない。そう錯覚してしまうほど、私たちの関係は以前と何も変わらない。
彼はただ、目が合う度にまるで欠けた月のような表情で微笑むだけだ。これで良い、十分だ、とでも言いたげな顔で、静かに『仲間』として、私の傍で槍を振るっている。
細く尖った三日月に似た想いを胸に、私は、前へと歩み続ける。
例え、彼の傍にいられなくなる日が来たとしても。
End