久しぶりに見る彼の姿に、心乱されるのを感じた。
細かった腕は逞しくなり、顔つきも精悍になっている。途端、死んだ瞬間に止まっていた時間が急速に流れ始める感覚に、私は身を震わせた。
エッジと初めて対峙した、この洞窟。
あの時、薄暗いこの場所で、彼の瞳は力強く輝いていた。すぐに殺せたはずなのに止めをさせなかったのは、あの瞳を失いたくなかったからだった。
早い話、私は彼を手に入れたいと思ってしまったのだ。
私の中にある、魔物の部分をくすぐられたからかもしれない。
天真爛漫な彼の物言い。燃え盛る炎に似た、激しい眼差し。
そう、私は一瞬で――――恋に落ちた。
もう、会うことはできないのだと思っていた。
美しい瞳は何も変わらず、ただそこに在った。
「……ルビカンテ……!?」
愛おしい、という気持ちと共に、痛みがやってくる。
私が生前、抱え続けていた痛みだ。
肉体を失った私の姿は、彼の瞳に一瞬映ったきりで消えてしまった。エッジはうろたえ、辺りを見回している。
その銀の髪に触れようと試みるも、私の手は空を切ってしまった。
触れることもかなわない。酷く空しい感情に襲われた。
何故、私は目覚めてしまったのだろう。唇を噛む。そうこうしている間に、エッジが駆け出した。バブイルの塔へ侵入しようとしている。
単身で行こうというのか。相変わらず無茶な男だ。
エッジのすぐ後ろを歩きながら、彼の頭を見下ろす。つむじが二つあることに気づいた。そういえば、彼の後姿をまじまじと見るのはこれが初めてだ。
彼と触れ合えるのは、いつだって戦いの中でだけだった。だから、彼については、憎しみに満ちた炎に似た瞳しか知らない。
その道を選んだのは、他でもない私自身だったのだけれど。
チッ、という舌打ちに反応してエッジの方に目をやれば、彼は何体ものモンスターに囲まれて苦戦していた。
瞬間、視界がぼやけてくる。
意識が滲む。
蝋燭の火が消えるかのように、全てが掻き消えてしまった。
***
次に目覚めたとき、私は城の中にいた。見覚えのあるその場所は、私が昔落とした、エブラーナの城だった。
火のにおいが、辺りを覆いつくしている。
美しく補修された城の中を舐めるように、炎が這い回っていた。
「……来やがれ、イフリート!!」
ああ、もう、どうしてお前はそういうことを言う。
挑発に乗ったイフリートが、エッジに向かって来る。とても、敵う相手ではない。彼も分かっているだろうに。
今、お前が死んでどうする。王を失ったエブラーナの民達は、何を支えに生きてゆくというのだ。
応戦も空しく、炎に焼かれ、エッジがもんどりうつ。地面に突っ伏しながら、何事かを呟いた。
「……にげ、られたか……?リディア……ッ」
召喚士の名を呼んでいる。こんな状態になってまで、人のことを思っているのか。
迫り来る炎が、エッジを殺そうと猛り狂っていた。
思わず、エッジの前に立ちはだかる。この世に存在しない者となってしまった筈の私の体は、何故かイフリートの炎を受け止めていた。
イフリートを睨みつけ、エッジのほうに向き直る。
エッジは、呆然とした面持ちでこちらを見つめていた。今にも意識を失ってしまいそうな、そんな目をしている。その目の中には、疲労が宿っていた。
彼は、私が死んでからも走り続けてきたのだろう。人の上に立ち、人の前を走る。彼の人生が垣間見えたような気がした。
「――何だ、その哀れな術は」
言葉は自然にこぼれ出た。エッジの目に、光が戻る。ずっと昔に口にしたことのあるこの言葉は、彼に何かの感情を芽生えさせたようだった。
私を縛るように睨み据えながら、エッジはゆっくりと立ち上がる。
後を追いかけてきた召喚士に何かを言い、ぶるりと首を振った。顎から、汗が滴る。
お前は、こんなところで朽ちるべき者ではない。お前は、私に打ち勝ったではないか。『人の強さ』を私に見せつけたではないか。
「なんという様だ」と私は呟いた。「お前は、牙を抜かれた獣か?」言葉で彼を煽る。直情型の彼は、まんまとそれに乗ってくる。
「ふざけるな……っ!!」
射たものを焼き尽くしてしまいそうなほど、熱の篭った視線。
そうだ、その瞳が見たかった。
あの頃のエッジの姿と今のエッジの姿が、頭の中で一瞬だけ重なって、消える。
手を翳した。
あの時も、今と同じように彼の体に炎を浴びせたな、と唇の端を上げる。
思い出せ、エッジ。私がお前の身に刻んだ、真の炎を。記憶の奥底に刻まれた炎の、その熱さを。
手から、炎が溢れ出す。
私のことは、忘れても構わない。せめてこの記憶の奥底に刻まれた炎の熱さを忘れないでいて欲しい。
愚かな願いだと自らを嘲笑いながら、彼の瞳の強さを心に焼きつけた。
End