繋いだ手は、酷く冷たかった。手袋越しだから仕方がない。けれど、俺の心は温かかった。
 今夜の月は、やけに明るくて眩しい。こんな夜は、いつも寂しい気持ちになる。ゴルベーザ様が、月を眺めてばかりいるからだ。
「……ゴルベーザ様」
 足元で草が音をたて、青臭さが立ち昇った。
 黒い甲冑に包まれた彼を見る。ゴルベーザ様は、二つの月を見つめていた。
 表情は分からない。けれど、それはとても真剣なものだろう、そう思った。
 先ほどよりも強く、その手を握りしめる。かしゃん、と小さな金属音がして、彼が俺の方を見た。
「どうした」
 振りほどかれるかと思っていたのに、左手は繋がれたままだ。それが嬉しくて、俺は少し笑った。
「何を笑っている。……おかしな奴だな」
 そう言う彼の声音も、少し笑っていた。
 逆光で、彼の兜が余計に黒く見える。その姿があまりにも遠いもののように――まるで自分とは違う場所で生きる者のように――思えて、俺は彼の手を引き寄せ、両手で包み込んだ。
 槍が落下したけれど、そんなことは構わない。
 この人が行ってしまわないように。そんな祈りを手にこめた。
 流石に変に思ったらしい。ゴルベーザ様は俺の正面に立ち、何故、と呟いた。
「何故、そんな顔をしている?」
 一人になりたくなかった。ゴルベーザ様のいない明日を想像するだけで、喉がからからになった。
 胸が痛くて苦しかった。
「……俺は!」
 荒野に声が走る。感情を抑えることができなかった。
「俺は、月へ行って欲しくありません。貴方が月へ行くのが嫌なのです。貴方が月を眺めるのも、嫌なのです」
「…………理由は?」
 静かな声が返ってきた。彼の手を握りしめて、俺は残りの想いを口にした。
「ゴルベーザ様が月に行ってしまったら、俺は一人になってしまいます。それは、とても……とても…………っ」
 とても悲しくて、とても辛くて、そして、とても寂しいことなのです。
 その言葉を紡げぬまま首を横に振り、項垂れた。
「カイン」
 空いている手で、彼は俺の頭を撫でた。
 その手があまりにも優しかったので、俺の胸は更に痛くなった。
「言い忘れていたが、月にはお前も連れて行くつもりだ。お前を一人にするわけがないだろう。置いていくなど、考えたこともない」
 強い風が吹き、その冷たさに俺は震えた。今の言葉が信じられず、彼の手を見つめていた。
 瞬間、視界が暗くなる。風が遮断され、かわりに暖かさが満ちた。俺は彼のマントに包まれていた。
「ゴルベーザ様……」
「……そろそろ飛空艇に戻るか。この辺りの調査は済んだからな」
「はい」
「寒かったんだろう?そういうことは早く言え」
「……もう寒くありません。だから、いいんです」
 言うと、彼は喉の奥で笑った。笑いながら、俺を強く抱きしめた。



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