彼の後ろ姿は、綺麗だ。
まるで、三日月の先のように研ぎ澄まされている。
鎧を着けていようと、裸であろうと、その美しさは変わらない。すらりとした背筋には、彼の性格が表れていた。
明け方の月は、色を金から白に変えようとしている。カインは窓際に腰掛け、その様を眺めながら、
「……綺麗だ」
小さく小さく呟いた。
ゾットの塔では、雲が眼下に見える。カインは雲が流れていくのを見るのが好きらしい。暇さえあれば、窓の外を見つめていた。
カインは窓枠の左右をそれぞれの手で掴み、紺の下衣に包まれた脚をぶらぶらとやっている。金髪が風に靡いていた。窓の外を眺めている彼を、眩しい気持ちで私は眺める。
雲を見ている彼は子どもっぽく、同時に眩しくもあった。
「カイン」
呼ぶと、緩慢な動作で振り向く。
無言のまま、微笑んでいた。
「カイン、どうした?」
ピースの欠けたパズルのような印象を覚える。
寂しそうな笑顔だった。青い瞳に、暗い色が滲んでいた。
「……こんなにも綺麗なのに、朝日を見ていると胸が痛みます。俺は、明日が来るのが怖いのかもしれません」
俯いて、
「昔のままではいられない、今のままではいられないと、思い知らされてしまうから」
痛々しい顔だ。彼を抱きしめたくなった。
明日が来る事を恐れているのはお前だけではないのだ、と伝えたかった。
この星を滅ぼすことに恐怖を覚えている筈なのに、私の体はクリスタルを求めて動き続けている。
人を殺め全てを無に帰すことを、いつの間にか望んでいる。
何故こんなことをしてしまうのか、自分でもよく分からない。
実のところ、自らがカインに抱いている感情ですら、理解することができなかった。
カインを見ていると、時折胸が痛む。
これは、一体何なのだろう。
いつのまにか垂れていた頭を上げた。カインは無表情になっていた。
「ゴルベーザ様」
瞬間。
彼が言うと同時に、その体が窓枠から向こう側へ滑り落ちた。おかしな汗が背筋を伝う。駆け寄り、間一髪のところで手を掴むことに成功した。
カインの手は震えている。なのに、口角は上がっていた。金糸が乱れ、それをなぶるようにびゅうびゅうと風が吹いていた。
「……どうして、そんな顔をするんです。俺なんて、貴方の部下のうちの一人に過ぎないというのに」
心臓が激しく打っていた。手のひらが汗で滑っている。慌てて引き上げ、胸元に抱き寄せた。
何のつもりだ、と。どうしてこんなことをと言いたいのに、実際は、カインを抱きしめることしかできなかった。
「あの窓の下には、小さな足場があります。飛び降りたって、死ぬことはありません」
「けれど……ご心配をおかけして申し訳ありません」と。
どんな表情をしているのだろう、と思う。体を離すと、彼は眉を下げ、唇を震わせていた。
胸に、何かが込み上げてくる。
カインを失うかもしれないと思ったあの瞬間、私の心は絶望の中へ叩き落とされていた。想像以上に、彼の存在は大きなものになっていたらしい。「馬鹿な真似はよせ」と耳元に囁きかけてから、首筋に口づけた。
まだ、震えが止まない。カインが死んでいたらと思うだけで、喪失感が頭を支配し、おかしくなりそうだった。
他人の命など、どうなってもかまわない。そう思っていた筈なのに。
目の奥が熱くなる。懐かしい感覚が襲い来て、止める術も見つからず、そっと目蓋を閉じた。
「……ゴルベーザ、様……」
私が涙を流していることに、カインも気がついたようだった。息を飲む気配がする。眦を、冷たい指先が撫でていった。
「俺がいなくなったら、ゴルベーザ様はどうされますか?」
溢れて零れる涙を何度も何度も拭いながら、カインは問うた。
問いの意味が分からない。私は首を横に振った。カインを手放すつもりなどなかった。
目蓋を開く。カインは微笑もうとして失敗していた。
「……この星の人間全てを、殺すおつもりなんでしょう?俺だって、この星の人間です。最終的には、貴方が手をかける者の一人なんですよ」
耳鳴りがした。
耳鳴り、耳鳴り、耳鳴り。
自嘲じみたカインの言葉に重なって聞こえてくるのは、低くて重い、悪魔の声だ。
“そうだ、この人間を殺せ。人間は皆殺しだ”
ああ、頭が痛い。
カインの背をきつく抱きしめる。滑らかな感触に、ささくれだった心が少しだけましになっていくような気がした。
明日も、朝日を眺める彼の後ろ姿を、遠くから見つめていたい。
それが、決して許されない願いであったとしても。
End