一見、セシルとゴルベーザはあまり似ていないように見える。
 セシルの目が優しげなのに対してゴルベーザの目は鋭利に尖っているし、セシルの物腰が柔らかなのに対してゴルベーザの物腰は酷く荒々しいからだ。
 けれどカインは時々、廊下を歩くゴルベーザの背中や歩き方を見ていると、セシルの後ろ姿を眺めているような、そんな感覚に襲われる。
 足の動き、背筋の伸ばし方、姿勢。その全てが、セシルを彷彿とさせるのだ。




「カイン」
 カインの前を歩いていたゴルベーザが、マントを翻し振り返る。ぼんやりとその様を眺めながら、
(ああ、やはり似ている)
と心の中で呟いた。
「カイン、聞いているのか」
 強い調子で問われ、漸く現実に引き戻される。
「は、はいっ……申し訳ありません」
とカインが深く頭を下げれば、ゴルベーザはくぐもった笑いを漏らしながら、カインの顎を掬い上げた。
「何を考えていた?」
「……いえ……ただぼんやりとしていただけで」
 ゴルベーザの親指が、カインの下唇をやわやわとなぞる。その感触に背筋を震わせながら、カインは小さな息を吐いた。
「あの……ゴルベーザ様、御用は…」
「ああ、そうだったな」
 言いつつ、カインの体を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。戸惑っているカインの姿を楽しむかのように、ゴルベーザは低く甘く囁いた。
「バルバリシアから聞いた」
「……?」
「今日はお前の生まれた日……誕生日なのだ、と」
 思いもよらなかったゴルベーザの言葉に、カインの胸は大きく跳ねた。
「人間は、菓子や贈り物で誕生日を祝うのだ、とも聞いた」
 まるでゴルベーザ自身は人間ではないような、そんな言い方をする。ゴルベーザの言葉に違和感を感じながら、カインは「はい」と頷いた。
「確かに、今日は俺の誕生日です」
「今まで、誕生日はどういう風に過ごしてきた?」
「今まで……」

 幼い頃は、家族皆で、母が焼いてくれたケーキを食べて過ごした記憶がある。
 両親が亡くなってからは、セシルとローザが祝ってくれるようになった。孤児であるが為に誕生日が分からない、というセシルの誕生日も、カインの誕生日と共に祝うことにしたのだった。
 そういえば、去年はローザがケーキを焼いてくれたんだったな、とカインは唇に笑みを浮かべる。ローザの作ったケーキは見た目こそ酷い出来だったが、味はなかなかのものだった。

『次は、見た目も完璧なケーキを作ってみせるわ!二人がびっくりするようなケーキをね!』

 熱く燃えるローザを見て、カインとセシルは『楽しみにしているよ』と言って、微笑みながら顔を見合わせたのだった。

 カインは口元を綻ばせながら、ゴルベーザの問いに答える。
「家族や友人に囲まれて過ごしていました」
「……お前は、皆に愛されて生きてきたのだな」

『愛されて』

 そうか。
 当たり前のように思っていたけれど、確かに愛されて生きてきたのかもしれない。
 セシルとローザが想い合い始めて疎外感を感じてはいるけれど、それでも、自分は愛されて生きてきたのだ。
(……お前、は?)
 主の切なげな言い方が気になって、カインは思わず、
「ゴルベーザ様はどのように過ごされてきたのですか?」
と訊き返した。
 カインの兜の翼の飾りを撫でて、ゴルベーザは彼の兜を取り去り、現れた金糸を指先で弄びながら言う。
「私には、幼い頃の記憶というものがない。生まれた日も覚えていない。だから私は、誕生日を誰かと過ごしたことはない」
 淡々とした口調。
 胸の詰まりを覚えて、カインはゴルベーザの胸元にすがりついた。
「寂しいと思ったことは、ないのですか……?」
「どうだろうな。寂しいのかもしれないし、寂しくないのかもしれない。孤独な時間が長すぎて、比べるべき感情が見つからないのだ」
「ゴルベーザ、様……」
 何て悲しい言葉だろう。
 どんな言葉をかけたら良いのかも分からずに、眉を歪めてカインは俯いた。
「……そんな顔をするな。お前を悲しませたかったわけではない。私はただ、お前の生まれた日を祝いたいだけなのだ」
 カインを抱き締めている腕が、強さを増す。
「お前の為に菓子を用意しようかと思った。プレゼントを用意しようかとも思った。……しかし、どれも何か違うような気がして」
 カインはその言葉に誘われるように、ゴルベーザの兜に手を伸ばした。避けずに、ゴルベーザはそれを受け入れる。青い瞳を潤ませながら、主の顔を隠している兜を取り去った。
「今日を、ゴルベーザ様と俺の誕生日にしませんか」
 ゴルベーザの乱れた髪を撫でつけて、主の頬に触れる。
「今までの分も、これから祝っていけばいいんですよ」
 主は、困惑と切なさをない交ぜにしたような表情でカインを見つめた。何ともいえないその表情に既視感を覚え、カインは薄紫の瞳を見つめ返す。
(……セシル)
 ゴルベーザは、あの時のセシルと同じ表情をしている。
 がらん、という音をたてて、兜が二人の手から滑り落ちた。
(そういえば、セシルの誕生日を俺と同じ日にしようと言い出したのも、俺だったな)
「生まれてきてくれてありがとう」 とゴルベーザがカインの額に口づけを落とす。
「貴方に会えて良かった」 と囁きながら、カインは主の首に両手を回した。




End






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カイン受30題