「私のことなど忘れてしまえ」と私は言った。
「そして、女と恋をして、結婚し、子どもを育て……」
「――そして、死ねって?」
 緑の瞳を自虐に歪め、エッジは唇の端を上げた。
「人間の傍にいることで、俺は幸せになれるってのか?……そんなこと、いつ、誰が決めたんだ」
「…………私の傍にいても、お前は幸せにはなれんだろう。家族、友人、誰からも祝福をうけられず、孤独に生きていくことになる」
 エッジの瞳の色が、自虐から哀しみに変わった。目元を右掌で覆い、苦し気に背を丸めて俯く。
「おめぇが……俺は、おめぇが」
 聞いている方が苦しくなるような息遣いのまま、エッジは拳を握りしめた。
「……俺は、おめぇがいれば孤独じゃねえ……。好きな奴の傍にいたいって思うのは、そんなに悪いことなのかよ……」
 震える肩を抱き寄せたい。俯く顔を上向かせ、冷えた唇に口づけ、慰めの言葉をかけてやりたい。
 屈託のない笑顔で笑い、素直な言葉を口にする彼を、心から愛しいと思う。
 だが、だからこそ。
 伸ばそうとした手を叱咤し、踵を返す。
 途端、背中に何かが触れてくる。振り向くと、私の腰に抱きつきながら、嗚咽を漏らすエッジがいた。
「……エッジ」
 雫が地面にぽたりと落ちる。一つ、二つ、三つ、無数に落ちて床に丸を残していく。
 胸に込み上げる何かを、抑えることができない。
 手を伸ばす。弾かれたように、エッジがこちらを見た。
 潤んだ瞳、眦が赤く腫れている。撫でたいと思う。
 駄目だ、触れてはいけない、戻れなくなる。彼の、人としての人生を壊してしまう。
「おめぇと、一緒にいたい」
 頭の中で、警鐘が鳴り響く。銀の髪に触れると、彼は目を見開いた。
 しがみついてくる手を振り解くこともできず、抱き上げ、腕の中に閉じ込める。
 私の胸に顔を埋め、エッジは静かに抱かれていた。
「……私は、モンスターだ」
「知ってる」
「人から離れて生きていかなければならなくなるんだぞ?」
「ああ」
「お前を幸せにしてやることは、できん」
「…………おめぇが傍にいてくれるなら、それだけで幸せだ」
 様々な言葉が、頭に浮かんでは消えていく。何を言えばいいのか分からない。
 ただひたすら胸が痛くて腕の中の存在が愛おしくて、抱きしめることしかできずに、やっとのことで、「エッジ」と彼の名を呼ぶ。
 もう、彼を解放してやることはできない。この小さくも温かい存在を、手放すことなどできない。
「愚かな男だ。逃げる機会を与えてやったというのに……」
 言えば、エッジは顔を上げ、ちらりとこちらに視線をよこす。
「逃げるだなんて……考えたこともねえな」
 目尻に残った涙が、月明かりに照らされ、微かに煌めいた。



End


Story

ルビエジ