「だからさ、ふわっとしててさ、甘くって、そんで上にハチミツがとろーってかかっててさ……」
 必死になって説明するエッジの前で、リディアは首を傾げた。
「うーん……知らないなあ」
「本当に?」
「うん、本当に」
 月の洞窟の奥の奥、焚き火を囲みながら、エッジはリディアに『ホットケーキ』の説明をしていた。
「ミストにはね、あまり甘いものがないの。幻獣界にも……」
「なるほどなあ。そういうもんなのか」
 やや離れた場所に立って、カインは二人の話を聞いていた。
 セシルも、剣の手入れをしながら二人の会話に耳を傾けている。
 ローザもまた、リディアの傍で回復薬の数の確認をしていた。手を動かしながら、時折うんうんと頷いている。

 よく喋るな、と思いながら、カインは二人を眺めていた。
 エッジは話上手で、 口から生まれたのかと思うくらいにお喋りだった。対するリディアは、エッジの話に頷いたり涙ぐんだり笑ったりする、いわゆる聞き上手だった。
 焚き火を囲むと、二人の話を自然と聞くことになる。だが、カインはこの時間が嫌いではなかった。
 セシルとローザも、優しい眼差しで二人を眺めている。
「甘いもんがあんまりないってことは、チョコレートも食べたことないってことか?」
「うん。名前しか知らないよ」
「そうか……」
 うーんうーんと唸りながら、エッジは腕を組んで立ち上がった。そのまま、焚き火の周りをぐるぐると周り始める。
「……何の真似だ、王子様」
 謎の行動にカインが思わず問いかけると、エッジは「王子様じゃなくてエッジ様って呼べよ」と楽しげに笑った。
「考え事してんだよ。……月でホットケーキとチョコレートを手に入れる方法はねえかなあって思ってさ」
「それはちょっと難しそうね」
 苦笑しながら、ローザは袋の紐を締めた。「だよなあ」と、エッジは頭を抱えている。
 剣を磨く音が、きゅっ、と辺りに響く。
 綺麗になった得物を焚き火に透かしながら、セシルは「チョコレートといえば、ローザの焼くチョコレートクッキーは、とても美味しいんだよ」と微笑んだ。
「ね、カイン」
 セシルの問いに、カインは頷いた。
 確かに、ローザの焼くチョコレートクッキーはとても美味しかった。三人で食べたおやつの味とにおいを思い出しながら、カインは「ローザの母さんとローザが二人で焼いてくれたホットケーキも、美味しかったな」と呟いた。
「懐かしいね。随分前のことだけど……でも、今もあのいいにおいと味はよく覚えてるよ」
「……食べられないと分かったら、何だか無性に食べたくなってきたわ……」
 しょんぼりと肩を落としたローザの手首を、リディアが掴む。包み込むようにローザの両手をぎゅっと握り、リディアは「ローザの作ったお菓子、食べてみたいな!」と弾むような声で言った。
 エッジが、「俺も俺も!」と後を追う。
「帰ったら、みんなで作ってみんなで食おうぜ!ローザのお袋さんも一緒に、な!」

『帰ったら』

 果たして、帰ることはできるのだろうか。
「……そうだな」
 頭に浮かんだ不安を掻き消し、カインは頷く。
「みんな、一緒に帰ろう」
 そう言って、セシルは剣を鞘に収めた。



End


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