茜色に滲む視界の向こうに、あの人の影を見た。
己の涙に気付いたのは、頬を温い液体が伝っていった後だった。
まばゆいほどの夕陽。
幼い頃から、あの光はいつも同じ色をしていた。
両親に守られていたあの時も、幼なじみ達と丘で語らっていたあの時も、試練の山で独り過ごしていたあの時も、夕陽は何も変わらず、ずっと俺の上で茜色の光をこぼし続けていたのだった。
そうだ。ゾットの塔にいた時も、それは変わらなかった。
全てを忘れ何もかもを捨て、もう一人の『俺』を殺すためだけに生きていくと心に決めた。試練の山を下りて、竜騎士であった事実も、カインという名も、鎧も、槍も、大切に守り続けていたものも全て捨てて、俺はまっさらになったつもりでいた。
それなのに、茜に照らされた瞬間俺は強烈な衝動に襲われるのだ。
色が、光が、俺をあの頃に引き戻そうとする。思い出まで捨て去ることはできないのだと諭すように、俺の心と記憶を抉じ開ける。
やさしい声が、頭の中に響いてくる。今日の夕飯を告げる母の声。父の声がそれに重なる。
幼なじみの声が、頭の中に響いてくる。少年と少女、二人の声は夢見る響きに満ちていた。
山の隙間を縫う風の音。これは、試練の山で聞いていた音だ。
そうして最後に響いてきたのは、男の低い声だった。一番思い出してはいけない声だ。
茜色に滲む視界の向こうに、あの男がいるような心持ちになる。
「…………ゴルベーザ」
口に出して後悔した。もう会うこともかなわないのに、と。
ゴルベーザと二人で、何度か夕陽を見たことがあった。ゾットの塔はとても高い場所にあったから、ゴルベーザの自室から見える夕陽はいつもよりずっとまばゆく見えた。
「綺麗ですね」と言った俺を見て、ゴルベーザが目を丸くしたことを覚えている。
「……綺麗かどうかなんて考えたこともなかった」と言って、彼は切なげに微笑んでみせたのだった。
それは、ゴルベーザが俺に見せた最初で最後の笑顔だった。
思い出も過去も捨ててしまいたい、それなのに、どうしても捨てられない。
両親のあたたかさも、幼なじみの声も、孤独に似た風の音も。
――――――それから、あの男の不器用な笑顔も。
End