馬鹿げている、いつまでこんなことを続けるつもりだ、そう呟いてカインは唇の端をつり上げた。
ああ本当に馬鹿げているな、私はお前に言わせれば頭がおかしいらしいからきっとそのせいなんだろう、そう返されて、カインの顔に侮蔑の色が滲む。
「…頭がおかしいのは本当だろう。抱くときだけ術を解くだなんて、変態のやることとしか思えない……っ」
語尾が乱れる。
乱暴にベッドの上へ突き飛ばされた。
あらんかぎりの力を込めて、カインはゴルベーザを睨み付ける。
「操ったまま俺を抱けば、俺はお前の命令に従順に行動する。何だって言うことをきくのに」
冷たい指先が顎を撫で、その何ともいえない感覚に耐えきれずに、カインは顔を背けた。
ゴルベーザがカインの体に体重をかけてのしかかる。
押さえつけられた手首が痛くて、呻き声が漏れた。
「無理矢理…犯すのが、趣味なんだろう…?」
耳朶を這う舌の動きに、カインはぞくりと背を震わせる。
「何なら…盛大によがって見せようか。強姦でしか勃たないなら、俺が積極的になれば萎えるんだろう?……ゴルベーザ様」
黙れと言わんばかりの激しさで、唇に噛みつくような口づけをされた。
口づけは苦手だ。カインは心の中で呟く。
自分達の間にある筈のない、心の交流があるように錯覚してしまう。
存在しない何かに、すがってしまいそうになる。
体を這う手がシャツの前をくつろげ、胸をやわやわと撫でまわす。突起を摘まみ、弄られ、カインは体を捩った。
「……は…っ…」
胸元に口づけを落とされる。ゴルベーザは今にも泣きそうな顔つきで、カイン、と呟いた。
悲壮感の漂うその響きに、息が出来なくなる。
どうしてそんな声で呼ぶんだ。訊こうとして、口をつぐむ。
訊いたところで何になるんだ。
抵抗をなくしたカインをシャツだけの姿にすると、ゴルベーザは香油を取りだした。
大きく足を割り開かれ、羞恥に体が強ばる。
ゴルベーザはいつも無理に抱くくせに、「痛くないように」とこの香油を使う。
以前「それが強姦魔のすることか」と揶揄してみたのだが、曖昧に微笑まれただけだった。
蓋を開いた瞬間、辺りに甘い花の香りが立ち込め…だらりと秘部に垂らされたそれはとても冷たかった。
「……う…」
指が、入ってくる。可笑しくなるほど慎重な動きで、まるで壊れ物でも扱うように。
卑猥に濡れた音は規則的に繰り返され、スムーズに指を受け入れているという事実をカインに突き付けた。
引き抜いて、深く根元まで挿し入れて、を繰り返されるうち、カインの頭はぼんやりとして頬が熱くなっていく。
犯すならもっと手荒にすればいいのに、どうして。
(どうしてこんなに優しくするんだ)
ゴルベーザが指を抜き、カインをきつく抱き締める。
瞬間、空隙を埋めるようにゴルベーザ自身が入ってきた。
「…あ…っ……」
痛みはない。代わりに襲ってきたのは、激しい快感だった。頭の奥が痺れ、思わずゴルベーザの背に手を回す。
体が辛いから目の前のものにしがみついただけだ。自分に言い聞かせながら、その広い背に爪をたてた。
「カイン、カイン…っ」
切羽詰まった声が何度も何度も自分を呼ぶ。
呼ばれる度に、理性が崩れ落ちていくのをカインは感じる。
心の中に芽生え始めた感情を抑えようと、息を大きく吸い込んだ。
怖かった。
理性を失った先に存在する、あの感情を認める訳にはいかなかった。
「お前な…んか…、嫌いだ…っ」
肩口に顔を埋められている為、ゴルベーザの表情は見えない。
繰り返すことで、カインは本当の気持ちを抑え込もうとする。
「お前なんか…お前なんか…っ……あ、あ、あっ!!」
急に激しくなった律動に、喘ぎを解放せざるをえなくなる。
体温に温められた香油が、むせかえるほどに甘い匂いを撒き散らす。
「ひ、あっ…あ…あぁっ」
首を振る。
追いかけてきた唇が、カインの口腔をなぶっていく。
「んむぅ……ん、ん…っ」
何もかも奪い取ろうとするような舌の動きに、カインは悲鳴をあげるが、それも叶わない。
電流が背中を走り抜ける感覚に、ぶるりと体が震えた。
限界が近づいてくる。
「んーっ!んんーっ!」
(いく、いく…っ)
瞼の裏に白い景色が広がり、カインは欲望を解放する。震えがおさまらない、何も考えられない。
間もなく体の奥に熱い液体が注がれる。
楔を抜かれ、カインは小さく喘いだ。
ようやく口づけから逃れたカインは、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。
「私のことが、嫌いか…」
一瞬、そんなことはない、という言葉が口をついて出そうになった。そんな自分に愕然とする。
当たり前だろう、と言い返そうとするのに、何も言うことができない。
全てを諦めきったかのように悲し気な薄紫の瞳が、カインを黙らせる。
バロン王を殺した張本人に、嫌いではないなどと言える筈がない。
ミストを壊滅させ、ダムシアンを破壊し、何もかもを焼き付くそうとしている男を許すことなど出来ない。
なのに、どうしてこの男の顔を見ているとこんなに胸が痛むんだ。
頬に温かいものが落ちてくる。
それはゴルベーザの涙だった。彼は静かに泣いていた。
彼のこんな表情を見るのは初めてだった。堪らなく苦しくなり、何かが胸に込み上げる。
ゴルベーザが呻くように呟く。
「…傍に、いてくれ…っ」
「ゴルベーザ?」
「お前が傍にいれば、私は……っ」
言葉は続かない。
もしかして、お前もそうなのか。
(俺と、同じ?)
だとしたら、自分達は。
我慢出来なくなり、濡れた頬へ手を伸ばす。
驚いた表情をした後、更にゴルベーザは涙を溢した。
「俺は必ずセシル達の所へ戻る、お前の傍にはいられない」
毅然と言い放つ。
「…だけど、今だけは…こうしていてやる」
そっと頭を抱き寄せる。ゴルベーザは体を震わせ、カイン、と名を呼んだ。
甘い痺れ、胸の疼痛、止まらない愛おしさ。
この感情の正体を、自分は知っている。
しかし、こんなものと向き合う訳にはいかない。
この男は敵だ。
憎むべき、悪だ。
(セシル、ローザ…すまない…)
抱き寄せた体をより強く抱き締める。
せめて、今だけはこうしていたい。
気持ちを読み取ったかのように、ゴルベーザもまたカインの背をきつく掻き抱いた。
End