ムーンフェイス





首筋から抜けていく冷たさと、身体の奥に放たれる熱。
相反する感覚にマルスは上の空で息をついた。
熱の篭った吐息はそのままマルスの上に覆いかぶさる彼の耳元を掠め、しなやかな黒髪が耳の輪郭から零れ落ちてマルスの頬にさらりと当たった。
ず、と首筋から牙を抜かれ、えもいわれぬ感覚に身体を震わせる。
くったりとシーツに身体を預けて未だ整わない吐息のままでマルスはメタナイトを見上げた。
彼はマルスの首から引き抜いた牙から伝った血が伝う唇を指で拭いながらも軽く舐める。うごめく赤い舌がやけに性的なものに見えて、マルスは朱の昇る顔を慌てて伏せた。
その反応を見ていたのか、くす、と微かに笑いの気配。伏せた眼でそっと見上げてみれば、細めた金色の眼が見つめ返してきた。
絡み合う視線を外さないままにメタナイトは再びマルスの白い首筋に顔を埋め、牙の痕が残る肌をその舌で舐め上げる。

「っ、あ……」

冷たい舌が、ぴちゃ、と首に触れるその感覚。治癒の行為にさえ熱を上げられた身体は反応をしてしまい、僅か身体を揺らめかせると今もまだ埋め込まれたままの熱が中で擦れて、その質量を否が応にも感じてしまう。
くすくすと低い微笑は続いたままで、完全に治した首から離れメタナイトは顔を上げた。その彫刻の美しい像のような、白い肌と整った顔。作り物めいた冷たさまで纏わせる美貌は、だが睦言の夜の中では幾つもの表情を見せた。彼の知らない顔をひとつ知るたび胸の奥に仄かな熱が灯り、消えないその灯はやがて暖かな感情へと変わっていく。
その感情が恋であると気付いたのはいつの日か。気付いた頃には暖かな炎は無視など出来ないほどに胸の中で燃え盛っていた。
そして、今。
心も身体も繋がる事を覚えた今。
己の弱く醜く、卑小な部分も全て、この人の前に曝け出しても構わないとマルスは熱情のまま感じていた。
そして、この人の全てを見たいと渇望する。
けれども……。

「マルス」

いつもより甘みを帯びた低い声が囁き、温度のない唇が額に落とされる。
眼を閉じてそれを受け入れ、やがて離れていく唇を惜しむように眼を開き彼の姿を追う。
白い顔、黒い髪、僅かだが乱れた深い藍紫のコートの合わせ。そこから美しく線を描く鎖骨が覗いている。
彼は、夜の甘さの中でも肌を晒す事があまりなかった。せいぜいが前の合わせが緩み、下を必要なだけ寛げている、それだけ。
対するマルスはいつもいつも彼の手によって乱され、全裸になるかもしくは乱れた服を身体にひっかけただけの格好になっているか、そのどちらかだ。
その差に、マルスは拗ねるような幼くどうしようもない感情をいつも覚えてしまう。

(……少し、ずるい)

自分はこんなに曝け出しているのに、と。それはマルス自身が望んだ事でもあるのだが、それでもそう思ってしまう。
そもそもがメタナイトは素顔すらあまり出さないのだから。
身体を重ねるようになってからは何度も仮面の内を見ているが、それでもメタナイトは明るい所では顔を出そうとしない。
今も、闇に紛れるかのようにマルスに覆いかぶさり、逆光でその顔に影を作り、流れ落ちる長い黒髪が更にそれを助ける。常に冷静な心もそれを倣っているようで。

「……少しだけ、卿はずるい、です」

ぽつりとそれを口に出すと、メタナイトは軽く眉を顰めた。

「僕だって、あなたの事を知りたいのに……いつも、僕ばっかりがあなたの前に全て見せているような気がする……」

呟きに、意図を解っているのかいないのか、メタナイトは笑う。

「――見たいのか? 私の、全てを」

低い囁き。睦言のような、甘い誘いのような。小さく笑った彼はさらりと落ちた己の黒髪を片手でかきあげる。その瞬間月光に照らされ、僅かに鮮明になる彼の素顔。

「お前がそれを見たいのならば、私は構わない。……だが、もう泣いても止めてやれまいぞ」

睦言、誘惑、或いは甘い罠か。
囁きと共に眼に入る鎖骨の稜線に、突然己の発言が恥ずかしくなったマルスは慌てて手元にくしゃりと寄せられていたシーツを引き寄せて顔を隠した。
甘い罠にかかりたいと羨望する己の欲望と、ただ彼を知りたいと望む恋心と、整理のつかない決心と覚悟と……メタナイトが、泣いても止めてやらないと言う時は、それこそマルスの理性が振り切れ甘い欲望に身体も心も乱れ切るまで虐められる時だ。その嗜虐すら心地よいと感じるようになってきた己が恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。
しかし、誘い込む甘い被虐心も確かに己の中にある。

「マルス……」

溶けるような夜の囁き。月より近い彼の素顔。
あまい、わなに、かかりたい。

「…………」

そうっと伸ばされた手が、冷たい美貌の頬を包む。
子供のように幼い手は、その両手で応えを紡いだ。

「あなたが、みたい」

全てを差し出すから、全てを見たい。
温度のない彼の美貌。彫刻のような完璧なライン。しかしそれは、欲望の色に崩れて整った。

「――いい子だ」

猛禽類の如き色を持った黄金の眼が細められ、彼の手が腰に回されたかと思うと、

「っひ! あっああああっ!?」

グイ、と持ち上げられ、座るメタナイトの膝の上に乗せられた形になる。
中にはまだ彼の欲望が埋められたまま。それがより深いところに届き、マルスは強く痙攣するように身体を震わせた。先刻中に放たれた白濁がかき混ぜられ、ぐぷりと音を立てて孔から溢れ、臀の柔らかな線を伝い零れる。その感覚に、自身が過敏に反応し勃ち上がったのが見なくても解った。
は、と首筋に熱い吐息がかかる。白い美貌には血の色はないが、吐息の熱さと彼の熱が中で質量を増した事をありありと感じ、マルスは彼の頭に抱いてすがりついた。

「私を見ろ、マルス。全てを、見たいのだろう?」

誘う声。月光の色に溶ける声。すがりついたマルスは、間近でメタナイトの顔を見下ろす。
メタナイトは笑みをたたえたままマルスの顔を見上げている。月の光にはっきりと映された顔。冷たい美貌に浮かぶ食欲に似た色。

「マルス」

キスを。
乞われるままに唇を落とすと、噛み付くように下からも強引に唇が重ねられた。
寄せる力だけで絡まりあう唇と、音を立てて濡れる舌。
その間にメタナイトは、深い藍紫のコートと上着を己の肩から下ろしていく。初めて見る、彼の白い身体。それはやはり彫刻のような美しく完璧なラインで。
それに見惚れる暇もなく、下からの突き上げにマルスは声を上げ身体をよじった。
乱暴に突かれて跳ね上げられ、その反動で深く沈む身体。追い込まれるような熱に理性は追いつけない。

「うあっああ゙! あっ……はぁ、っ!」

夢中で縋りついて、舌を絡めて、腰を動かして。
いつの間にか横に倒され、その上に圧し掛かかられるような形で深く穿たれながら、とろける月光が彼の白い肩を照らすのを涙の浮く眼で見つめていた。
何度も中に放たれ、自身も何度も達せられて、それでもまだだと求めてくる熱に飲み込まれる。
白い白い、月光と彼の肌、混濁する意識の向こうの閃光。
その先にあったものは、ただ甘い、囁きだった。

“愛している”










やじかんさんから誕生日に頂いた擬人化メタマル小説です!
読むたびにニヤニヤしてしまうんですが、ここで私が妙なことを書いてはいけない気がするので大人しくしてます(笑)
やじかんさん本当にありがとうございましたーvv
2009.6.28